虐めが始まって三週間も経った、五月中旬、中間試験の日。

 いつものように俯きながら登校して、二年四組の下駄箱に知らない男子が立っているのが見えたので足を止めた。

 だって、うちのクラスに金髪の男子なんていない。おそるおそる下駄箱に近付きながらその人を観察していると、左耳には銀色のピアスもついていた。制服のジャケット代わりに、鮮やかな藍色のパーカーを着ていて、ゆるっとした服装のせいで分かりにくいけれど、細身で長身だ。花高の校則が建前に過ぎないとはいえ、ここまで校則違反のオンパレードを体現してる人は中々いない。

 見れば見るほど、見覚えはなかった。一体誰だ、この人は。

 ただ、私に危害を加えてこないのであれば問題はない。気を取り直して自分の下駄箱を開ける。その際は持参のビニール袋を広げ、すかさず生ごみをキャッチ。ふふん、と一人で得意な顔をした。これを見越して上履きは常に持ち帰っている。この後はロッカーを雑巾で拭き、ローファーを入れれば何の問題もない。人目につく日中は何もしないと調べはついているし。完璧だ。

 ただ、こうも執拗に嫌がらせをされると、さすがに精神的にキツイものがある。はあ、と少しだけ疲れ気味の溜息が出てしまった。

「なぁ、それなに?」
「え?」

 生徒会役員に謝罪を求めて以来 (私は第一次生徒会役員事件と呼んでいる)、私に話しかけて来る人なんていなかった。そのせいで頓狂(とんきょう)な声が出た。

 相手は、同じクラスにいるはずなのに初対面の金髪少年だ。綺麗な二重の目で、日本人にしては鼻が高くて彫が深くて、一言でいえばイケメンだった。薄い唇は不快なものでも見るようにへの字に曲がっているけれど、そんな表情でイケメンさは減殺されない。それどころか、不愛想なイケメンとしての良さを余計に際立たせている。

 人生で見た中で一、二を争うイケメンかもしれない。思わず唖然とした。ちなみにやっぱり知らない顔だった。私が何も答えないせいか、その人はもう一度口を開く。

「で、それ、なに?」

 あんまり低くなくて、よく通りそうな声だった。

「え? あー……えっと、まあ、色々ありまして……」

 この人、私が虐められてるって知らないのだろうか。首を傾げてしまった。もしかして不登校とかかな。だったら何で学校に来たんだろう。不登校でも試験は受けたかったのかな。

「それ、いつから?」
「え? えっと、三週間くらい前から……」
「ふーん。じゃあもしかして、三週間前くらい前に生徒会に逆らった?」
「……そうですけど」

 ご明察だ。首を傾げながら頷くと、彼は歩き出したものの「お前、見ない顔だけど、転校生か?」と会話を続ける。

「ん? うん……」

 私が立ち止まっていたせいで「教室行かねーの?」と怪訝な声をかけられた。

「……私と一緒にいたら、生徒会に虐められちゃうと思うんですけど」
「ああ、そういうの、俺は大丈夫だから」

 俺は大丈夫だから? 不登校のくせしてメンタルが強めだ。眉を顰めながらも、まあ本人が良いって言うなら……と彼の半歩後ろをついていく。

「……ところで、あなたは……えーっと」
桐椰(きりや)(りょう)。この間まで喧嘩で停学食らって休んでた」
「あぁそう……って、え?」

 平然と頷きかけて頬が引きつった。喧嘩で停学って、そんなことある? いや、現にクラスにいなかったから彼──桐椰くんの言うことは本当で……、つまりこの人は、ヤンキーだ。そうじゃなくてもヤバい人だ。むしろこの人と一緒にいるほうがヤバいのでは? でも同じクラスだからどうしようもない。