耳朶に吐息がかかっただけじゃない。それをきっかけに、桐椰くんの体と密着していることを、意識してしまった。何も考えてなかったけど、私の丸みを帯びた身体と違って、桐椰くんの身体は、骨ばった男の人の身体だった。顔の輪郭に、首から鎖骨にかけてのラインや骨の太さ、そして手をついている胸板、何もかもが私とは違う身体なんだと主張してくる。途端にこの状況が恥ずかしく思え始めて、体が熱を帯び、急に心拍数が上がってきた。どうしよう。
「お前もシャンプーの香りくらいするじゃん」
それなのに、桐椰くんがまた、私の耳元で喋る。ビクッと震えた私の肩に気付かないのか、桐椰くんが匂いを嗅ぐ気配がした。
「桃」
「……シャンプーですね」
「香水つけてくんなよ。第六西が臭くなるし、香水の臭いは嫌いなんだ」
「……そう」
短い遣り取りをしながらも、抱き合うことで心臓の音がばれないように、必死で桐椰くんの身体との間に隙間を作る。
すると、耐えきれない用具ロッカーがギシッと音を立てた。ヤバい、と思ったのは私も桐椰くんも一緒。慌てたように桐椰くんが私の腰を引き寄せた。躊躇なく私の腰に手を回した桐椰くんに、思わず頬が紅潮する。
「ちょっ──」
「我慢しろ、バレたら困る」
そんなこと言われても、私は別の意味で困ってる。ロッカーの外ではまだ男子の話声が聞こえる。まだ出られない。
「せめて腕外してよ!」
「ロッカーが軋んでバレたらどうすんだよ」
「別にバレても大丈夫じゃないの? ほら、ちょっと悪戯でした、みたいな」
「前に忍び込んだ総が停学になりかけたことを聞いてもそう言うか?」
「は? なんでそこまで!」
「一応正式に生徒非公開の資料もあるからな。それ盗むんじゃないかって言われて」
「そんな馬鹿な……」私は唖然としたけれど、桐椰くんは「言っとくけど、お前が思ってるよりうちの生徒会は横暴だからな」と通常運転だ。
「そんな好き勝手して……許されてるの?」
「金持ちのヤツは自分が生徒会役員になれるんだから文句なし。それ以外の連中は|花学に通ってるだけで満足か、マジで発言権がないか、発言する気がないか」
「……そんな学校だとは思わなかった」
「本当に何も知らないで転入してきたんだな。ってのはおいといて……」
話もひと段落したので、二人で耳を欹てる。蝶乃さん達が用具ロッカーの違和感に気付いた気配はない。安堵の息を吐けば、桐椰くんも気が緩んだのか、その表情から緊張感が抜ける。
「つかお前、ウェスト細くね? これ食ってんの?」
が、あまりにも緊張感が抜け過ぎたらしい。暗がりの中でもしげしげと聞こえてきそうな視線の動きを感じて「は?」と声が出た。でも桐椰くんは気に留めない。