「いいから先に行っておいて。冷蔵庫に水出し紅茶が置いてあるの。それを取ったら行くから」
──蝶乃さんの声がした。マズイ、と私達は素早く顔を見合わせた。あの女に見つかるのが一番ヤバイ。でも生徒会室の入口は蝶乃さんが開けようとしてる一ヶ所のみ。ここは三階だから窓から飛び降りることもできない。
「ちょっ、桐椰くん──」
どうしよう──言いかけたその瞬間、乱暴に口が手で覆われて、ガチャッと音がしたかと思うと、妙に体が窮屈な場所に閉じ込められた。
同時に、カチャリと静かに鍵の開く音がした。
「すぐに取って来るから待ってて。……あ、やっぱり、いるならついでにテーブルのカップ類片付けてくれる? どうせ暇でしょ?」
数人が生徒会室内に入ってくる気配がする。ぼそぼそと聞こえる話し声は男子のもの。蝶乃さんにこき使われてる下僕男子の姿が目に浮かんだ。主人は違えど、同じ下僕として心が痛む。
「ねぇ、これっていつまで……?」
「しっ、喋んな」
けれど、一番の問題は、今私がいるところ。
桐椰くんの機転の利いた (?)咄嗟の判断で、私は桐椰くんと一緒に用具ロッカーの中に入ってた。さすが生徒会、用具ロッカーも豪華。高校生二人が収まるそこそこの広さ。だけど流石に狭い。これは狭い。いくら私がちょっと可愛らしく見える一五五センチサイズだとしても、桐椰くんは一七〇センチを優に超えているはず。つまりごつい。
まるでお互い抱き合うかのように向かい合って用具ロッカーの中に詰め込まれてる、この状況。桐椰くんは不機嫌そうに、なるべく私と体がくっつかないように私の顔の真横に腕を張ってるけど、欠片も意味をなさないくらいには狭い。桐椰くんの顔が真上にある有様だ。
そんな風に密着しているせいか、ふわりと、柑橘系の香りが鼻孔をくすぐる。
「……香水つけてるの?」
「は? つけてねぇよ。臭いものは嫌いなんだ」
「……まさかシャンプーの香り……?」
「じゃねぇの」
ヤンキーのくせに清潔感溢れすぎだよ! そうツッコミを入れたくて堪らなかったのだけれど「つか匂い嗅いでんじゃねぇよ」と耳元で囁かれ、そんな驚きは吹っ飛んだ。