ただ、有希恵は、私なんて知り合いじゃないかのように、よそよそしく「どうぞ」と案内するだけだ。応接室のソファに座った後、扉の脇に待機する有希恵をじっと見つめるけど無視。
本当に、私達の関係はすっかり他人に成り下がったようだ。
「ごめんね、お待たせ」
蝶乃さんはティーポットとティーカップを載せた銀色のトレイを持って入ってきた。よく見ると某デンマークの陶磁器メーカーのものだった。二人分のティーカップとティーポットで数万円はするんじゃないかと震える。
「セイロンティーなんだけど、好き?」
「嫌いじゃないけど」
「そう」
紅茶の種類なんて分からないし、こんな話をする意味も分からない。カップを差し出されたけど、なにか変な薬でも入ってるんじゃないだろうかと思えてしまうので手をつけられない。
そんな私の警戒心など知ってか知らずか、蝶乃さんはにっこりと、いつになくご機嫌な笑みを浮かべた。
「じゃあ単刀直入に。桜坂さん、生徒会役員にならない?」
出た、無名役員勧誘。なーんて、口には出さないけど、顔はひきつってしまったと思う。
「……何で?」
「この数週間見てて、桜坂さん、中々見込みがあるんじゃないかと思って」
何の見込みだろう。どんな嫌がらせを受けても学校に来る根性くらいしか覚えがない。でも金持ち生徒会の方々はそんな泥沼根性を求めてない気がする。
「はぁ、見込み……」
「生徒会役員制度は知ってるの?」
「役員内ヒエラルキーと虐め側に回ることができるっていう特権くらいなら」
皮肉交じりに言ってのけたけれど、蝶乃さんが気を悪くした素振りはなかった。それどころか、どこか満足したように頷く。
「それなら大丈夫ね。桜坂さん、指定役員として生徒会に貴女を勧誘するけど、どう?」
視界の隅に入ってる有希恵が目を見開いたし、私も目を丸くした。指定役員は無名役員よりヒエラルキー的に二個上だし、正役員のお気に入りってことになる。
「……なんで指定役員?」
「私が気に入ったから。これ以上の理由は指定役員の要件に要らないの」
なるほど。気に入られる理由は分からないけど、正役員の指名さえあればいいのか。
蝶乃さんは肩にかかるその長い黒髪をサラリと優雅に払った。
「指定役員になれば、生徒会室の出入りは原則として自由だし、備品も好きに使っていいの。もちろん、備品には無名役員も入ってるのよ」
備品扱いされた有希恵が僅かに身じろぎした。扉の隣で直立不動を命じられてるなんてメイドみたいだと思っていたたけど、備品らしい。