「やれば出来るなら、最初っからやれよって感じなんだけど」


秀ちゃんに教えて貰ってある程度は理解出来た私。そんな私に秀ちゃんは溜め息を吐いてくる。だけど、少しだけさっきよりも表情が柔らかい。褒めてくれてるのかな?


「秀ちゃんの教え方が上手いからだよ?」


そう言って笑い掛けたら秀ちゃんは再びムッと眉を顰めた。秀ちゃんのお陰だと言いたかったけど、何かいけなかったらしい。


「じゃあ、俺が教えなかったら梨子は何も覚えられないの? 1から10まで手取り足取り全部俺が教えなきゃいけないわけ?」


そう言って秀ちゃんは煩わしそうな視線を私に向けると、自分の鞄を掴んでイスから立ち上がった。そのまま背中を向けて教室の扉に向かって歩いていく。


「待って。秀ちゃんっ……」


扉に手を掛ける秀ちゃんを慌てて呼び止める。一緒に帰りたい。そんな気持ちで。


「何?」

「一緒に帰ろう」

「そんな小学生みたいなことをするの? 恥ずかしいにも程があるんだけど」


途端に秀ちゃんはこちらに背中を向けたまま、冷たい声で言葉を吐き捨てる。でも、行かずに待ってくれるし、何だかんだ冷たいわりには勉強を教えてくれたり、待ってくれるんだから本当は優しいんだと思う。


嬉しくなった私は自分の鞄を掴んで秀ちゃんの隣に近寄った。ヘラっと笑って「今日はありがとう!」と秀ちゃんにお礼を言う。


そしたら秀ちゃんは黙ってじっと私を見つめてきた。目が合い、緊張。2人の間に沈黙が流れる。


「秀ちゃん…?」


無言の空気に耐えられず、名前を呼んでコテンと首を傾げてみる。何か変なことをしたか思い返してみたけど何も思い当たる節がない。いったい、何だろう……。訳も分からず困惑していると秀ちゃんは気まずそうに私から視線を逸らした。


「あのさ……」


口達者な秀ちゃんにしては珍しく口籠る。言うか言わないか迷っている感じだ。


「何?」


続きを急かすように短く尋ね返す。すると秀ちゃんは近くにあった机に鞄を置き、深く溜め息を吐いた。気持ちを押さえるかのように髪の毛をくしゃっと掴んでいる。


「ありがとうとか、そんな言葉は要らないんだよね」

「……要らないの?」

「うん。だったらお礼はキスがいい」

「へっ?」

「って言ったらどうする?」


なんて困ることを言って、私に視線を向けた秀ちゃんに思わず顔が熱くなる。