気がついたら、その曲の演奏は終わっていた。沈黙の中でその曲の余韻が響いていた。
「今の曲聞いて。」
ピアノの部屋の扉を開けると同時に兄の声がその余韻を消し去るように響いた。
「今の曲初めて聞いたけど誰の何という曲なの。」
「僕が作曲した曲なんだ」
「ヘエーお兄さんが作曲したんだ。あまりにも素晴らしくて美しい曲だったんで、僕は感動して、聴き惚れてここにずっと立ち尽くしていたよ。いつこんな素晴らしい曲を作曲したんだい」
「ウイーンの音楽学校に入学が決まってから毎日この部屋で練習しているんだけど、その日の練習が終えた後いつも音楽が響いてくるんだ。毎日練習している曲とは違う曲なんだ。何かとても美しい曲なので毎日書きとめてきたんだ」
扉越しに見えるグランドピアノの譜面台には手書きの楽譜があった。僕がその手書きの楽譜をじっと見ているのに気がつくと兄はまた話し始めた。
「それで今朝目覚めるとエンディングの部分が頭の中に流れてきたからすぐに書きとめたんだ。さっそくピアノで弾いてみたんだ」
「何かショパンかリストの曲のように一見完成された曲に聞こえるけど、とても斬新で新鮮で不思議な曲だね。今までこんな曲聞いたことないよ。とても美しい曲だね」