「ねぇ、逃げたいと思わない?」


楓くんに両手をそっと包みこまれ、心配そうに顔を覗き込まれる。


急に綺麗な顔がドアップで現れたものだから、不自然に目を逸らしてしまった。


「……逃げられないよ」


本音を言えば逃げたいけど。


結婚なんてしたら、私は完全に籠の中の鳥となる。その前に逃げ出せるものなら逃げ出したいけど、それは不可能に近いからとっくの昔に諦めてしまっているのだ。


「僕が逃がしてあげる」


にっこりと、天使のような微笑みで魅惑的なことを言い出した楓くん。

気持ちはとても嬉しいけど、そんなこと出来ないと思う。例え椿くんが不在でも、部屋の外には必ず見張りがいるし、私が少しでも怪しい動きをしたら直ぐに椿くんに知らされるから。


「…無理だよ、すぐに見つかるよ…、」


「大丈夫だよ。僕に任せて」


「…でも、」


「ね、ここじゃ誰かに聞かれるかもしれないし場所移動しようよ」



確かに、今は近くに人の気配はないけど、トイレの近くだしいずれ誰かは通るだろう。


こんな会話、もし聞かれでもしたら絶対大変なことになる。


でもそろそろ戻らないと見張りの人に怪しまれちゃう…。


「ご、ごめん…、私そろそろ戻らないと…」


「…そっか。今度また、会いに来るよ」


そう言って急に私の顔を包み込んだ楓くんに鼓動が早くなる。


いきなりどうしたんだろう。
愉し気に口角が上がっているけど、私の顔に何かついてるのだろうか、なんてドキドキして変なことを考えてしまう。



なんだかどんどん顔が近づいてくるような…?



「ちょ、ちょっと…、」