「名前…、覚えててくれたんだ。えっと、」
「楓」
「あ…、楓くん…は、こんなところで何してるの?」
3年弱程この屋敷に住んでるけど、楓くんに会うのはこれで2回目。
もしかして、組員の息子とかなのかな?
でもこんな綺麗な子の父親って、一体誰なんだろう…?
「円香ちゃんに会えるかなって」
「わたし…?」
思いもよらない言葉に吃驚する。
一体私になんの用があるんだろう?
「もうじき兄さんと結婚するんでしょう?」
「……“兄さん”?」
私が結婚しなければならないのは椿くんだけど、兄さんという単語に疑問を抱く。
椿くん、兄弟はいないって言ってたような気がするけど……?
そう頭を悩ませていれば、
「そう、椿兄さん。
ーー僕の腹違いのお兄ちゃん」
にっこりと可愛らしく笑った楓くんが、
衝撃的なことを言った。
椿くんが、腹違いの兄…?
「うそ…、椿くん今までそんなこと一度も…」
腹違い、ということは、
組長ーー椿くんのお父さんに愛人がいるってこと…?
でも、椿くんの両親は仲睦まじいように見えた。現に、その愛人らしき人を見かけたことがない。
「そうだろうね。僕は兄さんに嫌われてるみたいだから」
「……そんなこと、」
“そんなことない”と言おうとして、ふとあの時の会話を思い出した。
『ーーー奴は俺にとって害悪だからだ』
「……あ、」
「ふふ。何か心当たりでもあるの?」
何が面白いのか「分かりやすいなぁ円香ちゃんは」とニコニコ笑う楓くんは一体何を考えているのだろう。
「…ないよ、心当たりなんて」
「別に気にしてないから気を遣わなくてもいいのに。
……ねぇ、円香ちゃんは兄さんのこと好き?」
楓くんは首を傾げ、純粋そうな瞳で私を見つめる。
……好きとか嫌いとか、私たちの関係が変わってしまってから考えたこともなかった。
昔は椿くんのことが普通に好きだったけど、今はただ怖いとしか思えないな……。
「…わからない…、って、言っちゃダメだよね。結婚、するのに…」
あはは、と困ったように笑う私に「ほんと?」と何故か嬉しそうにしている楓くん。
「分からないのに結婚しちゃうの?どうして?」
「…それは、色々あって…、」
「ーーなんてね。僕知ってるよ、その色々ってやつ」
「…え、」
ニッコリと笑ってそう言ったかと思えば、
次の瞬間「無理矢理、なんだよね」と悲しそうな顔をした。