『恋』

 彼は目が覚めた。僕はまだ彼女のことを愛していたのだ。
 自分でも知らない、いや、そ知らぬふりをしていた自分の気持ちを夢の中で見たとき、彼は電車に飛び乗った。
 彼女のいる土地まで走る電車の速度は、自分の感情の速さと同じだ。窓外の『土地売ります』や、『歯医者』や、『弁護士事務所』の看板は、彼には見えない。
 彼は駅を降りた。彼女のいるところまで走った。雪が降っていた。
 暗がりのなか、一点だけ、煌々とした街灯の下で彼女を見つけた。そして、彼女を抱きしめた。寒さで赤くなった、彼女の頬を一条の涙が伝った。
 
「また来るよ」
 そう言って、彼は帰りの電車に乗った。窓越しの彼女は笑顔で彼に手を振った。
 電車のなかは暖かかった。駅ごとに、感情の速度は落ち着いていった。
 そして途中の、来るときにはまったく目に映らなかった看板たちが彼には見えた。
 そのとき、なにか、冷めた自分の気持ちを見たような気がした。……