鏡の前で、千佳くんのていねいな指先が、わたしの腰や腕を撫でて掠める。とっても、くすぐったい。

 だけど本人は、わたしに着させた服を調整するのに必死で視線すら合わないのだから、わたしだけがきっと距離の近さにドキドキしてるんだろうな。



「千佳くんって、服作れるのに……」

「ん、なに」

「どうして、わたしにしか作らないの?」



 磨かれてる鏡越しに、千佳くんの射抜くような瞳に見つめられた。

 千佳くんはアパレルショップ【 jardin de fées(妖精の庭)】を経営してる。

 経営者じゃなくても、デザイナーやパタンナーとして売れっ子になるほどの実力があるのに。なんでなんだろう。

 人形のように服を着せられているわたしには、彼の考えがわからない。



「――ののは、俺のミューズだから」



 静かな音色が、返ってきた。

 知ってる。その言葉は、何回も聞いたよ。

 わたしにしか服は作らない。ののだけ、なんて言葉に浮かれて、彼の才能を独り占めしている。

 ――わたしだけ、なんて。甘い戯言だ。



「俺が、幼なじみにしか服を作りたくないって我儘を貫いてるだけだ。うだうだ悩むな」

「…………幼なじみ、だから」

「のの以外、いねーだろ」



 わたしが幼なじみじゃなかったら、千佳くんに服作ってもらえなかったのかな。

 考えるだけ、ばからしいね。