わたしだって、こんな自ら千佳くんを手放すようなこと言いたくない。なにもできないふりして、甘やかされて、ずっとお世話されたい。

 でも―――、


「千佳くん、好きな人いるの?」
「……いる」


 脳裏によぎったのは、過去のやりとり。

 千佳くんに好きな人がいると知っているのに、わたしは幼なじみを笠に着て甘えてる。とても狡いことだ。

 優しい幼なじみは、あの日(・・・)の罪悪感や責任感から、そばにいてくれているだけなのにね。



「眠いから余計なこと考えんだよ。寝ろ。怖いものからは、俺が守ってやるから」



 腕の中で、もぞもぞ顔を上げると、千佳くんの濃褐色な瞳と目が合った。

 真っ直ぐな双眸に頷いてしまいそうで、わたしは目を逸らす。すると、下げた視線の先、千佳くんの腕に残る傷跡が見えてしまった。



「……痛い?」

「もう痛くねぇよ。俺のせいだしな」

「ううん、わたしのせいだよ」

「違うだろ、間違えんな。あの犯罪者のクソ野郎が元凶だ」



 痛々しい傷跡をさする。

 わたしを守ろうとして、できた傷。

 じっと傷跡を見つめていれば、目元を手で覆われて隠された。視界が真っ暗。魘われる睡魔に負けて、目を閉じれば、おでこに柔らかい感触がする。



「いまの、なに……?」

「悪夢を見ないおまじない」

「……おまじない?」

「そうだよ。――おやすみ、のの」



 おやすみ、千佳くん。

 柔らかい感触が、くちびるにも触れた。