「今夜はハロウィン、渋谷の街は本日も仮装する人たちで溢れそうです!」
 「しかし、夜となるとハートイーターの襲撃に遭わないか怖くありませんか?」
 「そうなんです。そのためなるべく人気の少ないところには行かないなど注意を……」

 ずっとそんなニュースばかりでうんざりだ。ビルの側面にくっついている大きなスクリーンから目を逸らす。ハロウィン当日の渋谷繁華街。大学生の(とおる)結城(ゆうき)は夕食を食べに来ていた。駅を出てすぐに仮装した人たちがごった返している。
 「うわ、思った以上だな。」
 流石の人の多さに徹の顔が引きつる。結城はすかさずスマホで地図を見て、食べられそうなところを探していた。
 「東口と西口…どっちも混んでるな。何食べたい?」
 「うーん…俺は何でも。お腹いっぱいになれば、結城が食べたいもので良いよ。」
 「俺も特に食べたいものないな。レストラン街が近くにあるみたいだし、ブラブラ探すか。」
 お酒を飲みたい気分でも、魚か肉か特に希望があるわけでもない。レストラン街を宛てもなく歩く。酷暑の夏が明け、やっと動きやすい秋が来たおかげかいくら歩いても苦に感じることはなかった。ふと、階段を少し上がったところにドアがあるお店に目が留まった。
 「ここ、いいんじゃね?大して混んでなさそうだし。」
 窓から少しだけ中を見た徹が結城に訊く。ちょうど良い具合にお腹が空いていた二人はこの店に入ることにした。
 渋谷の街中で十月はハロウィンのフェアメニューを展開している店が多い昨今だが、ハロウィン当日の今日だけお得に食べられるみたいだ。
 四人掛けのテーブルに案内され、各自注文を済ませて一息つく。
 「本当、ラッキーだったな。」
 「ああ。久々に食べるよ、こういうイベントもののご飯。」
 結城には一つ年上の兄がいるが、半年前に家を出ていったっきり長らく連絡が途絶えているらしい。生きてはいるようだが、今どこで何をしているのかは不明とのことだ。昔はこのように兄と二人、イベントに参加したりフェス巡りをしたこともあったらしい。
 「懐かしいよ、全く。」
 その時、二人の隣の二人掛けのところに一人の女性が座った。ソファ側に座る徹はちょうど隣り合わせのような形になり、思わず彼女を凝視してしまう。艶々にメンテナンスされたストレートの紫髪と凛とした目、そして決してごちゃごちゃしていないシンプルで上品なワンピースに最低限のアクセサリーを合わせている。ソファでももたれかかることはせず、背筋はピンと伸び、一つ一つの所作が美しい。
 「徹?」
 しばらく見惚れて固まっていた徹は結城の声で現実へ引き戻された。
 「な、何だよ。」
 「バレるぞ、そんなに見てたら。それより、見てみろよこれ。またハートイーターが出たらしい。」
 「ハートイーターねぇ…本当にいるのなら見てみたいものだな。」
 興味がなさそうに溜め息をつく。結城が「つまんねーなぁ。」と乾いた笑いを見せているとちょうど料理が運ばれてきた。お腹の空き具合的にも今が食べごろだ。
 「あ、すみません。」
 徹たちのところへ料理を運び終わったウェイターを隣の女性が呼び止めた。声まで美しいのかと、徹は再び隣に目をやる。
 メニューを指す手、見るべきところでウェイターの目を見て話す彼女に徹はすっかり心を打ち抜かれていた。
 「…なあ、結城。今宵はハロウィンだろ?ナンパって…許されると思うか?」
 「ハロウィンじゃなくてもやる人はやるし、成功する人は成功させるんじゃない?」
 既に食べ始めていた結城はトマトのスープを飲みながら答える。
 「よし…これを食べて、彼女も食べ終わった辺りで俺は…やってみせる。」
 「彼氏いると思うけどなぁ…あの感じだと。ま、いいや。」
 彼女の方も料理が運ばれてくる。徹はとりあえず、結城といつものような他愛ない話に花を咲かせていた。意外と喋っている二人よりも彼女の方が食べ進めるのは早く、両者が同じくらいの量食べた、その時だった。
 バンッとドアが壊れるのではないかと思うくらいに強く開き、ガラス部分にはヒビが入る。入ってきたのは黒いマントに包まれ、顔部分には何らかの紋章が描かれた紙のようなものを張り付けている謎集団だった。全員、手には銃を構えている。
 「な、ハ…ハイジャック!?」
 結城が焦ったようにその方向を凝視する。
 「人間どもよ、全員その場から動くな。ここからは連帯責任だ。」
 「我らハートイーターの計画に従ってもらおう。」
 こんな状況では冷静でいられないだろう。すぐに「お、俺は逃げるからな!」とテーブルの上のワイングラスをひっくり返しながら逃げようとした中年男性はあっという間にハートイーターの構える銃で撃ち抜かれた。見せしめに倒されたその姿を見て次々に悲鳴が上がり、ギリギリのところで精神状態を保っていた多くの人間がパニックを起こし始めた。全ては想定内だったのか、ハートイーターたちが顔に着けた紙の下で嗤うのが見えた気がした。
 「危ない‼」
 結城が徹を机の下へ引きずりこんだ。四人掛けテーブルで助かった。大学生の男二人潜れるスペースがある。
 「連帯責任だって…言ったよなぁ!」
 宙にぶっ放された銃弾は瞬く間に店の照明を割った。既に店内は阿鼻叫喚である。
 「逃げましょう、俺たちと、一緒に!」
 結城は同じく机の下に潜っていた隣の女性に声をかけた。女性は驚いた顔をして二人を見たが、覚悟を決めたように頷いた。
 ちょうど目線の少し先に窓がある席が見える。この照明の暗さと混沌(カオス)に乗じて逃げるしかない。
 「本気かよ、結城。」
 「やるしかない、ここで死ぬわけにはいかないだろ。」
 暴れているハートイーターにバレないように倒れた人、散らばった料理、飲み物、ぐしゃぐしゃになった家具類の間を縫って這うように目的の窓を目指した。あと少しで辿り着きそうだ。着いたら何で窓を割って逃げようかと少し余裕が出てきた頭で考え始めた刹那、それに気づいたのか否か、一人の放った銃弾が一番大きなシャンデリアを直撃した。
 「あっ……!」
 ついてきていた女性の小さな声が聴こえる。そして落下した大きな音と共に辺りは全く漆黒の闇に包まれた。驚いて方向を見失う徹と結城。
 (ハートイーターたちは…この暗闇でも視界が効くのだろうか。)
 自らの手すら見えず、声も出せない状況で冷や汗だけが頬を伝った。