店内は、楽譜や楽器がたくさん並んでいて、不思議と居心地が良かった。

様々な種類の楽器を見てまわると、店の奥の片隅に、ガラスのショーケースがあるのに気が付いた。おそるおそる近づいてみると、そこには何とも美しい曲線を持った、優美なヴァイオリンが飾られていたのだ。

「綺麗…」

思わずそう呟く。こんなにもひとつの楽器を食い入るように見つめたのは初めてかもしれない。そのままヴァイオリンから目をそらせずにいると、

「ヴァイオリン、弾いてみますか?」

と後ろから声をかけられた。びっくりして振り返ると、このお店の店員さんらしい、ひとりの男性が優しい笑顔でこちらを見ていたのだ。

自然な色をした茶髪に、色素の薄いブラウンの瞳。男性にしては、珍しい、透き通るような白い肌をしていた。

「えっと、いや…弾いたことないので…」

やっとの思いでそう口にすると、店員さんは

「そうなんですね、じゃあ僕が少し弾き方を教えましょうか」

と言って、店のカウンターの裏から鍵を持ってきて、ショーケースを開け始めたのだ。

しどろもどろになっている私の横で、店員さんはヴァイオリンを丁寧に取り出し、チューニングし始めた。

「こうやって肩とあごの間に軽く置いて構えて、弦と平行になるように弓を動かしてみてください。力は入れずに軽ーく動かすだけで、普通に音が出るんですよ。はい、これ構えてみて」

言われるがままにヴァイオリンを構えて、弓を動かしてみると、

「ギィッ…」

と不快な音がした。

「ぷはっっ」

店員さんが笑う。やってしまった…。恥ずかしすぎて、心の中でどたばたのたうち回っていると、

「ごめんなさい…。僕も初めてヴァイオリンを触ったとき、汚い音で泣き出したことあるなぁって。久しぶりに思い出しました。ちょっと貸してください、僕がもう一回お手本を見せるので」

そう言って店員さんはヴァイオリンを受け取り、スッと構えた。

それだけで、空気がぱっと変わった気がした。

ヴァイオリンの心地よく美しい旋律が、私の中にすぅっと入って浸透していく。初めての感覚にうっとりしていると、店員さんは弾くのを止めて、私にヴァイオリンを持たせた。

「はい、もっかいチャレンジしましょう」

私はさっきの感覚を思い出して、もう一度弓を動かした。

「スーーーッ」

今度は綺麗な音が出た気がする。店員さんの顔を見上げると、にっこり笑って

「すごい。初めて弾いたとは思えないくらい綺麗な音だよ」

と褒めてくれた。

「またここに来てくれたらもっと教えてあげられるんだけどね」

店員さんが言う。

またここに来れば、もっとこのヴァイオリンを弾けるの―――?

なんとも魅力的な提案で、私は思わず言った。

「じゃあ、またここに来るので、ヴァイオリン教えてください!」

「うん、いいよ。いつでも教えてあげる」

やったあ、嬉しくて思わず口角が上がってしまう。店員さんは、

「そんなに喜んでもらえるのは嬉しいなあ。いろいろ話したいから、ちょっとお茶にしましょうか」

そう言って、私をカウンターに案内した。