しかし、シャロンは私のそんな複雑な心境にもお構いなしで、後ろから抱き締めてきた。
「…ちょっと、触らないで」
「えぇー。変なとこは触ってないし別に良いでしょ?」
そう言って、私の片耳を噛む。
私は少し脱力気味にそれを受け入れた。
力じゃ敵わないことは分かってる。
「さぁて、アリスは失敗しちゃったんだから…暫くスパイ活動はできないねぇ?俺とずぅっと一緒に居なきゃ」
「…スパイ活動以外にやることのない人間だと思わないで頂戴」
私の反論が気に食わなかったのか、またがぶりと子供のように耳を噛まれた。
その後もガジガジと噛まれ続ける。地味に痛いんだけど…。
構成員5000人を牛耳るトップがこんな子供じみた真似してるって、全世界に広めてやりたい。
と、その時。足下に何かの気配を感じた。
『おいこらっ!イチャイチャすんなシ!』
この独特の機械音…かなり久しぶりに聞く。
私は足下に目をやった。そこにいるのは――ヤモリ。
ただのヤモリではない。
一応私と同じ研究所にいた、人間の知能を埋め込まれたヤモリだ。
声は口から出しているのではなく、体に付いている小さなスピーカーのような物から出している。
名前はヤモ。ヤモリだから。
「勝手に入って来ないでよぉ、俺らプライベートタイムなんだけど」
『いっ…いかがわしいことする気か!?』
「何ソワソワしてんの。つか俺爬虫類無理なんだよねぇ~近寄らないでくれるぅ?」
『今全世界の爬虫類を敵に回したナ!?ヒドイ…オレ、これでも組織の一員なのに』
「ん?俺だってちゃんと、ヤモのこと仲間だって思ってるよぉ?」
『ボ、ボス…!』
「あ、やめて。半径30cm以内に近付いて来ないで」
『ヒドッ!!』
「本当は1mが限界なのに頑張ってんだから感謝してよねぇ」
『喜んで…いいのか…?』
ヤモはこれでも斥候として出されることがよくある、優秀?な幹部だ。
小さな身体を生かして働いている。
気配なくいきなり現れることが多い。
私は部屋の冷蔵庫からカップのアイスを取り出し、「座っていいかしら?」とシャロンの椅子を指して聞いた。
「ちょっとぉ、それ俺のアイスなんだけどぉ」
『“アイス”と“アリス”って似てるよナ!字面的に!』
「アイスもアリスも俺のだよぉ?」
くだらないことを言う1人と1匹を無視し、勝手に座る。
何はともあれ安全な場所に来てようやく一息つけたのだ、今日は好きなことをして過ごそう。
ここが今の私の本当の居場所。
……それにしても、ヤモは何でここに来たんだろう?
いつもなら他のみんなと遊んでいる時間帯のはず。
『アリスとボスの声がしたから、帰ってきたと思って会いに来たんだゾ』
私の視線から疑問を察したかのように、ヤモが答える。
「そう。で、みんなは?」
『反応薄ッ!…みんなは外で花火してるけど、オレは怖いから行ってない』
そう言って窓の方を見るヤモ。そういえば、外からキャーキャーという楽しそうな声が聞こえていた。
シャロンは欠伸をしながら窓を開け、下を覗く。
私もアイスを食べながら立ち上がり、下にいる仲間を見る為に顔を出す。
いるのは勿論ほんの一部だけれど、見知った顔ばかりだ。
はしゃぐ子供達を見守る中高年の男女もいれば、まだ10歳にも満たない少年少女もいる。
「花火は夜にした方が綺麗だよぉー?」
シャロンが声を掛けた途端に、バッと見上げてくるメンバー。
「あ、リーダー!」
「アリスもいるっ」
「夜じゃなくても楽しいですよ!」
「リーダー達もやりますー?」
シャロンは基本、この組織の誰にでも好かれている。
それはきっと、シャロンの絶妙なリーダーシップやこの組織の方針によるものだろう。
大抵の犯罪組織が厳しいものである中、シャロンは構成員1人1人の人権を尊重し、できる限りの自由を与えている。
ただし、任務以外の事柄で失敗した人間は迷わず見捨てる。
“自由には自己責任も付き纏う”と。
「今日は久しぶりにゆっくりするつもりだしぃ、俺達はやらないかなぁ。君らもまた雨が降ってくる前に早めに切り上げなよぉ?」
そう言ってさり気なく私の肩に手を回すシャロン。
あーん、と口を開けてくるので仕方なく食べかけのアイスをスプーンで口に入れてやった。
と、その時。下から金切り声が聞こえてくる。
「ちょっと!近いですわよ、お2人さん!」
この声は…とうんざりしながらもう1度下を見ると、案の定そこにはゴシックファッションの少女がいた。
銀髪のふわふわした髪を黒い大きなリボンで纏め、ポニーテールにしている。
…そう。シャロンは好かれているのだ、女の子にも。
「アリス!シャロン様に気に入られているからっていい気にならないでくださいましっ!必ずや越えてみせますわ!」
「ハイハイ…分かったわよ、キャシー」
興奮状態の彼女に、呆れつつもそう答える。
彼女の名前はキャシー。
何かと私に突っかかってくることが多いけれど、前向きで真っ直ぐな人だ。
「リバディーはどうだったんですの?住み込みでスパイ活動をするなんて聞いていませんでしたし、いきなりいなくなったら驚きますわ」
「私だって知らされてなかったのよ。住み込みだって知ったのは向こうに行ってから。仕事内容をきちんと知らせてくれないのはシャロンの悪いところね」
「なっ…シャロン様は賢いお方ですもの、何かお考えがあっての事ですわ!悪いところじゃありません!」
お考え、ね…。私を困らせる為の考えというなら納得できるけど。
「キャシーとアリスは本当仲良いよねぇ」
「ち、違いますわシャロン様っ!私とアリスはライバルです!」
別にライバルになった覚えはない…と思っていた時、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「はぁい、入って良いよぉ」
シャロンの言葉の後、ゆっくりと開くドア。
おずおずと入ってくるのは、幼い女の子。
「あの…邪魔してごめんなさい…今朝から頭が痛くて…」
シャロンはこの組織のリーダーであると同時に、闇医者でもある。
そんなシャロンに怪我や病気を治してもらおうとやってくるメンバーも少なくない。
「ん、そこ座って。昨日は何時に寝たぁ?」
すぐに女の子を椅子に座らせ、棚から体温計を取り出すシャロン。
いつ誰が来ても嫌な顔をせず優しくできるところも、きっとシャロンが信頼される理由の1つだと思う。
――『僕の目的は復讐だよ、アリスちゃん』
女の子を安心させるように撫でるシャロンを見ていると、不意にラスティ君のあの言葉を思い出した。
ラスティ君の妹…ベルちゃんは、当時この女の子くらいの年齢だったはずだ。
子供にこんなに優しく触れるシャロンが、苦しめて殺すようなことをするだろうか?
犯罪組織だ。綺麗事だけじゃやっていけない。
「…ちょっと、触らないで」
「えぇー。変なとこは触ってないし別に良いでしょ?」
そう言って、私の片耳を噛む。
私は少し脱力気味にそれを受け入れた。
力じゃ敵わないことは分かってる。
「さぁて、アリスは失敗しちゃったんだから…暫くスパイ活動はできないねぇ?俺とずぅっと一緒に居なきゃ」
「…スパイ活動以外にやることのない人間だと思わないで頂戴」
私の反論が気に食わなかったのか、またがぶりと子供のように耳を噛まれた。
その後もガジガジと噛まれ続ける。地味に痛いんだけど…。
構成員5000人を牛耳るトップがこんな子供じみた真似してるって、全世界に広めてやりたい。
と、その時。足下に何かの気配を感じた。
『おいこらっ!イチャイチャすんなシ!』
この独特の機械音…かなり久しぶりに聞く。
私は足下に目をやった。そこにいるのは――ヤモリ。
ただのヤモリではない。
一応私と同じ研究所にいた、人間の知能を埋め込まれたヤモリだ。
声は口から出しているのではなく、体に付いている小さなスピーカーのような物から出している。
名前はヤモ。ヤモリだから。
「勝手に入って来ないでよぉ、俺らプライベートタイムなんだけど」
『いっ…いかがわしいことする気か!?』
「何ソワソワしてんの。つか俺爬虫類無理なんだよねぇ~近寄らないでくれるぅ?」
『今全世界の爬虫類を敵に回したナ!?ヒドイ…オレ、これでも組織の一員なのに』
「ん?俺だってちゃんと、ヤモのこと仲間だって思ってるよぉ?」
『ボ、ボス…!』
「あ、やめて。半径30cm以内に近付いて来ないで」
『ヒドッ!!』
「本当は1mが限界なのに頑張ってんだから感謝してよねぇ」
『喜んで…いいのか…?』
ヤモはこれでも斥候として出されることがよくある、優秀?な幹部だ。
小さな身体を生かして働いている。
気配なくいきなり現れることが多い。
私は部屋の冷蔵庫からカップのアイスを取り出し、「座っていいかしら?」とシャロンの椅子を指して聞いた。
「ちょっとぉ、それ俺のアイスなんだけどぉ」
『“アイス”と“アリス”って似てるよナ!字面的に!』
「アイスもアリスも俺のだよぉ?」
くだらないことを言う1人と1匹を無視し、勝手に座る。
何はともあれ安全な場所に来てようやく一息つけたのだ、今日は好きなことをして過ごそう。
ここが今の私の本当の居場所。
……それにしても、ヤモは何でここに来たんだろう?
いつもなら他のみんなと遊んでいる時間帯のはず。
『アリスとボスの声がしたから、帰ってきたと思って会いに来たんだゾ』
私の視線から疑問を察したかのように、ヤモが答える。
「そう。で、みんなは?」
『反応薄ッ!…みんなは外で花火してるけど、オレは怖いから行ってない』
そう言って窓の方を見るヤモ。そういえば、外からキャーキャーという楽しそうな声が聞こえていた。
シャロンは欠伸をしながら窓を開け、下を覗く。
私もアイスを食べながら立ち上がり、下にいる仲間を見る為に顔を出す。
いるのは勿論ほんの一部だけれど、見知った顔ばかりだ。
はしゃぐ子供達を見守る中高年の男女もいれば、まだ10歳にも満たない少年少女もいる。
「花火は夜にした方が綺麗だよぉー?」
シャロンが声を掛けた途端に、バッと見上げてくるメンバー。
「あ、リーダー!」
「アリスもいるっ」
「夜じゃなくても楽しいですよ!」
「リーダー達もやりますー?」
シャロンは基本、この組織の誰にでも好かれている。
それはきっと、シャロンの絶妙なリーダーシップやこの組織の方針によるものだろう。
大抵の犯罪組織が厳しいものである中、シャロンは構成員1人1人の人権を尊重し、できる限りの自由を与えている。
ただし、任務以外の事柄で失敗した人間は迷わず見捨てる。
“自由には自己責任も付き纏う”と。
「今日は久しぶりにゆっくりするつもりだしぃ、俺達はやらないかなぁ。君らもまた雨が降ってくる前に早めに切り上げなよぉ?」
そう言ってさり気なく私の肩に手を回すシャロン。
あーん、と口を開けてくるので仕方なく食べかけのアイスをスプーンで口に入れてやった。
と、その時。下から金切り声が聞こえてくる。
「ちょっと!近いですわよ、お2人さん!」
この声は…とうんざりしながらもう1度下を見ると、案の定そこにはゴシックファッションの少女がいた。
銀髪のふわふわした髪を黒い大きなリボンで纏め、ポニーテールにしている。
…そう。シャロンは好かれているのだ、女の子にも。
「アリス!シャロン様に気に入られているからっていい気にならないでくださいましっ!必ずや越えてみせますわ!」
「ハイハイ…分かったわよ、キャシー」
興奮状態の彼女に、呆れつつもそう答える。
彼女の名前はキャシー。
何かと私に突っかかってくることが多いけれど、前向きで真っ直ぐな人だ。
「リバディーはどうだったんですの?住み込みでスパイ活動をするなんて聞いていませんでしたし、いきなりいなくなったら驚きますわ」
「私だって知らされてなかったのよ。住み込みだって知ったのは向こうに行ってから。仕事内容をきちんと知らせてくれないのはシャロンの悪いところね」
「なっ…シャロン様は賢いお方ですもの、何かお考えがあっての事ですわ!悪いところじゃありません!」
お考え、ね…。私を困らせる為の考えというなら納得できるけど。
「キャシーとアリスは本当仲良いよねぇ」
「ち、違いますわシャロン様っ!私とアリスはライバルです!」
別にライバルになった覚えはない…と思っていた時、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「はぁい、入って良いよぉ」
シャロンの言葉の後、ゆっくりと開くドア。
おずおずと入ってくるのは、幼い女の子。
「あの…邪魔してごめんなさい…今朝から頭が痛くて…」
シャロンはこの組織のリーダーであると同時に、闇医者でもある。
そんなシャロンに怪我や病気を治してもらおうとやってくるメンバーも少なくない。
「ん、そこ座って。昨日は何時に寝たぁ?」
すぐに女の子を椅子に座らせ、棚から体温計を取り出すシャロン。
いつ誰が来ても嫌な顔をせず優しくできるところも、きっとシャロンが信頼される理由の1つだと思う。
――『僕の目的は復讐だよ、アリスちゃん』
女の子を安心させるように撫でるシャロンを見ていると、不意にラスティ君のあの言葉を思い出した。
ラスティ君の妹…ベルちゃんは、当時この女の子くらいの年齢だったはずだ。
子供にこんなに優しく触れるシャロンが、苦しめて殺すようなことをするだろうか?
犯罪組織だ。綺麗事だけじゃやっていけない。