情報は順調に入ってきてるし、がっつきすぎも良くない。


今日はこれで終わりにしよう。




「そう言うと思ったよ」


「あら、よく分かってるじゃない」


「んー…なんかこれじゃつまんないかも。特別にキス1回で教えてあげることにしよっか?でも苺のマドレーヌに対応するくらいの、あっついキスじゃなきゃダメだよ?」


「……このマセガキ」



私が眉を寄せれば、ニヤリと八重歯を見せるラスティ君。


ムカついたので何も言わずラスティ君の顔を手でこちらに向け、身を乗り出して唇を近付けた。


ラスティ君は私の思惑通りゆっくりと目を瞑る。



――でも、キスなんてしてやらない。



「痛ッ…たぁ!」


「あんまり女をからかうと後悔するわよ。それに――私、男とキスするなって言われてるの」



私に指で弾かれたおでこを押さえながら、ラスティ君はますます笑みを深めた。



「へぇ~成る程、彼氏にそんなこと言われたんだ?」


「違うに決まってるでしょ」
そう言いながらも、追われていた私を拾ってくれたシャロンを思い出す。


忙しいくせに私のことは可愛がってくれた。


でも、勿論恋人関係にあるわけじゃない。



「…ふーん、そういう表情もするんだね。どうでもいいけど」


「は?」


「なんでもなーい。んじゃチョコレートムースも食べれたし、僕はもう戻るよ」



デコピンしたというのに機嫌が良くなったラスティ君は、スキップで私の部屋を出ていく。


本当にチョコレートムースを食べたかっただけなんじゃないの?



「……変な子」



私はまだ残っている自分の分のチョコレートムースを味わいながら溜め息を吐いた。
――時刻は深夜0時。所謂ミッドナイト。



常夜灯は点いているものの廊下は薄暗く、暗闇に目が慣れるまで少々時間が掛かる。




私が向かうのは大浴場…ではなく同じ階にあるシャワールーム。


少し前大浴場へ行こうと試みたのだけれど、1つしかないだけあって、エレベーターは頻繁に誰かが使っている。


待つことも時間帯をずらして入ることも面倒臭く、結局行かないことにした。




部屋を出て左に曲がると、その突き当たりで右と左に別れている廊下。


右に曲がると、奥にあるのがシャワールーム。



空間把握をする為にもこの辺は何度も通った。




「はぁ…」


立ち止まって一息吐き、ドアを開ける。
中へ入ると正面に洗面台、左隣の棚にはタオルやシャンプーがいくつも並べられていた。


どれも1度は聞いたことのある高級品。



――けれど、私が最も気にすべきなのはそれじゃない。




「……誰だ」



右隣には薄く透けたドアがあり、シャワーを浴びているであろう人の影が見える。


見ただけでは分からないけれど、声でアランだと分かった。



ここはさっさとこの場を離れるのが賢明な判断だろう。




「……ッ、」



何も言わず立ち去ろうとした私の二の腕を、力強い手がドアを勢い良く開け掴んでくる。


水に濡れた細く綺麗な指先が私の服の二の腕辺りを染ませていく。




「………あ?」



アランは、失礼なことに私の顔を見た途端不機嫌な声を出した。




「貴方、何でこんな時間に入ってるのよ」


「お前は何でこんな時間に入ろうとしてんだ?」
水も滴るいい男――という言葉が脳裏に過った。


無論、この男の容姿をただ単純に“いい男”なんていう表現1つで片付けられるわけはないけれど。



濡れた長い前髪を片方の腕でかき上げるその仕草は、さながらスウェーデンにでも住む美男…いや、それ以上だ。



上半身裸の彼は、傍にいるだけで酔いそうになるくらいのフェロモンを感じさせる。




―――まるで麻薬のような色気。




「……よく見るとグリーンの瞳をしてるのね」



その言葉を聞いて、アランは妖艶に口角を上げて魅せた。




「誘い文句か?好みじゃねぇけど、乗ってやってもいい」


「悪いけどそんなつもりないわ。私はただシャワーを浴びたいだけ」


「随分積極的だな」


「何を勘違いしているの?勿論貴方が出てからよ」
ラスティ君の瞳はヴァイオレット色だった。


それに比べてアランの瞳はグリーン。



どちらにしろ綺麗なのは同じ…性格に難があるくせに嫌味な連中。




「へぇ、俺を襲いに来たわけじゃねぇの?」


「自惚れないでくれるかしら?不快だわ」


「…可愛くねぇ女」



私の二の腕を解放し、バスタオルを羽織ったアランはそのまま出て行こうとする。


やっとシャワーを浴びられると思い、ミリタリージャケットを脱ぎ棚に掛けようとした――が、



「…、……」



そこには拳銃が二丁置いてあった。


思わず息を飲む私の反応を面白く感じたのか、アランはわざとらしく拳銃を手に取り私の眼前で揺らす。



「初めて見たか?コレ。」


「別に拳銃自体に驚いたわけじゃないわ」


「なら何に驚いたんだよ」


「血よ、ついてるじゃない」
片方はハンドガン、片方はオートマチックピストル。


自分で使ったことはないけれど見たことは何度もある。




「あぁ、前に殺した奴の返り血だから安心しろ」


「別に貴方の心配をしてるわけじゃないんだけど」


「俺が怖いって?」


「そんなことも思ってないわ。自分の物に血がついてるのに嫌じゃないのかと思っただけよ」


「わざわざ綺麗にする意味を見出だせねぇな。俺の手自体、元々汚れてる」



そう言われて私はアランの手に視線を移した。


……どこも汚れてないじゃない。




「手は綺麗だと思うわよ。唯一汚いのはその性格かしら」



途端、室内に静けさが増した。


9階の為外を走る車の騒音も聞こえづらく、呼吸の音さえ分かる程の静寂。
「…いきなり黙らないでもらえる?」



堪えられず口を開けばアランは何事もなかったように動きを再開した。


私の目の前で下半身のタオルを外しズボンを穿く。



カチャカチャとベルトを締める様子までもが眉目秀麗――嗚呼、私は何を考えているのだろう。


そして目の前の男は一応女である私の前で何を平然とやってのけているんだろう。




「仕事部屋に行く。お前も来い」


「はぁ?ちょっと待って私はシャワーを、」


「後にしろ。喉が乾いた」



ズボンは穿いているものの、上半身はタオルを肩に掛けているだけの状態。


いくら男でも気にしなさすぎなんじゃないの?


まぁシャロンもお風呂の後は私から着せないとなかなか着ないけど…。
「まだ寝ないのね」



半ば強引に仕事部屋へ連れてこられた私は遠回しに『早く寝ろ』と伝える。


ここの連中は勝手すぎるのよ。

こっちはさっさとシャワーを浴びて明日に備えたいのだ。




「珈琲でも淹れろ」


「そのままカフェイン中毒にでもなればいいのに」



皮肉混じりにそう言ってからアランの横を通り過ぎようとした――時。



「……っ!」



足を器用に引っ掛けられ、うつ伏せの状態に倒れ込む私の身体。