シャロンと同じピアスが、私の耳から離れていく。




…あぁ、そうだ。見落としていたのはそこだ。
―――『だってぇ、向こうには昔俺と揉めた奴がいるからさ』

『俺のこと会うたび殺そうとしてきて迷惑なんだよねぇ。そろそろうざったくって』




この人は…シャロンを知ってる。


そして、私のこのピアスを見た時から。出会った時から。最初から。


「さーて、どうやって楽しもうかな」


――…私がスパイであることに、気付いていたんだ。



外への連絡手段は今ラスティ君の手の中にあるピアスだけ。


助けを求められないとすれば、自力でこの場から逃げるしかない。


でも、丸腰の状態でラスティ君から逃げ切るのは難しい。


とりあえず今できる最善の策は…交渉。


「…何が目的?」


「んー?」


「惚けないで。私がスパイだと気付いていて何もしなかったのは、何か目的があったからでしょう?」


「さっすがアリスちゃん。分かってるねー」


「金?情報?」


「両方ハズレ。アリスちゃんには前言ったよね?僕の妹は“極悪犯罪者”に殺されたって」
アランとの会話を思い出す。


――『ちょっと待って、ラスティ君の妹は極悪犯罪者に殺されたって聞いたわよ』

『それは俺じゃねぇけど、実際殺したのは俺だ』



ラスティ君の妹であるベルちゃんを最終的に撃ち殺したのはアラン。


でも、ラスティ君が言っている極悪犯罪者とは違う。


じゃあ――…ラスティ君が言っているのは、ベルちゃんに毒を射った人間…?


最終的に殺したのはアランでも、そうせざるを得ない状況に追いやったのはその人物だ。



「僕の目的は復讐だよ、アリスちゃん」


恨むと言うなら、その人物。


ならどうしてその“復讐”が私に関わってくるのか…。



「ねぇアリスちゃん」


ラスティ君が、笑みを深める。



「――君んとこのリーダー、元気?」


一瞬呼吸が止まる。
「…シャロンがしたって言うの?シャロンが毒を?」


「毒…?あれ、もしかしてもうそこまで知ってんの?誰かに聞いた?へぇ、それは想定外だな。てことはもう分かるよね?僕がどれほど彼を憎んでるか」


「シャロンがそんなことするわけないでしょ?確かに私の知らないところで色々やってるのかもしれないけど、子供を苦しめて殺すなんてこと…」


「随分自分の上司への信頼が厚いみたいだね。買い被りすぎだよ?お前らの組織は世界的にも有名な“犯罪”組織だ。いくら若くても、アイツはそんな組織を仕切るトップ…裏でどれだけ残酷なことをやっているか分からないような奴だよ。アリスちゃんは甘やかされてきたんだね?クリミナルズに属していながらそういう世界をまだ知らないなんて」


否定できない。


私だって、シャロンのことを全て知っているわけじゃない。


どんなことを思って、何をして、どう組織を守っているのかなんて分からない。



……でも。

「あの人は優しい人よ。分かりにくいけど。余程の理由がない限り、そんなこと絶対しないわ」


私はそう信じてる。だから、裏で彼が何をしていたって気にしない。



睨み付けてやると、ラスティ君は吹き出した。
「フッ…アハッ…アハハハハハハハ!アリスちゃん、騙されてるんじゃない?クリミナルズは君が思ってるほど綺麗な組織じゃないし、アイツも最低なヤブ医者野郎だよ」


「…は?何?聞こえなかったんだけど。もう1度言ってみなさいよ」


「サイテーなヤブ医者ヤロー。」



こちらを挑発するようにニヤニヤ笑うラスティ君に、怒りが募る。



「そうね、ヤブ医者かどうかはきちんと診てもらってから判断したらどうかしら?貴方の身体を使って解剖実験でもしてくれるわよ、このクソガキ」



シャロンのこと何も知らないくせに知ったふうなこと言ってんじゃないわよ。



「それに、綺麗な組織じゃないから何だって言うの?そもそも綺麗な組織って何よ?世の中には、非合法的なやり方じゃないと救われない人間もいるのよ」



確かに汚いことをしている人が多いのは事実だし、ドロドロした部分もあるけれど。


救われた人だっている。私だってそうだ。



「ふーん…意外と組織への忠誠心が強いんだね、アリスちゃんって」


「貴方が弱すぎるだけなんじゃないかしら?私のこと、気付いていながら誰にも言わなかったんでしょう?」


「言うわけねぇじゃん。言ったらアリスちゃんなんかすぐ捕まっちゃうし。それって、僕としては一番萎えるんだよね」


「……貴方って、気分で動く人間なのね。自分の組織のことを心配したりしないの?」


「心配?ハハ、自惚れすぎだよアリスちゃん。スパイだろうが何だろうが、君1人でこの組織に僕が心配するほどの致命傷与えられると思ってんの?せいぜい掠り傷ってとこでしょ。まぁ、他のメンバーならその掠り傷でも許せないと思うけどさ…僕にとってこの組織って、そこまで重要じゃないからね。ベルが気に入ってた組織だから、大切にはしたいけど」



こちらの怒りを楽しむように軽侮する。
しかし私は、ギリギリ残っている冷静さを使って――…指を背で隠しタッチパネルを打ち続けていた。


あと数分…、あと数分でクリミナルズに関しての情報が全て消去される。


後ろに回している手を怪しまれないよう、気を逸らさなければならない。



「じゃあ…これまで散々私にとって都合の良い行動をしてくれたのも、わざとだったってわけね」


「うまくいってる人間を途中で引き摺り落とすのってたまんなくない?」


「…貴方のそういうところ、反吐が出るわ」


「ん~、その表情もたまんないね。んじゃ、そろそろ9階行こっか。ここにいたら怪しまれるし」


「は…?」


「実はさっきのメール、これからスパイ捜しを始めるって内容だったんだよね。まぁただそれだけだから僕が行く必要はなかったんだけど…この部屋に1人にすればアリスちゃんが何かする確率が高いっていうの分かってたし、ちょっと罠にはめさせてもらっちゃった」


「スパイ…捜し?」


「内通者がいるかもってことだけは今朝ぶらりんに報告したんだよねー。まぁその前に6階のメンバーにも噂だけは流しておいたから、動き出すのにそう時間は掛からないと思うなー」


「……ッ」
「スパイがいるっていう有力な証拠はまだないけど、怪しい人間は炙り出すらしいよ?それに、証拠ならたった今できたし。情報管理室の情報が無断で消去されたっていう証拠がね。この機械の中のデータが一部消去された時間と監視カメラの映像の時間を照らし合わせれば…僕がいなくなった後アリスちゃんがやったってことはすぐ分かんじゃん?僕は多少怒られるだろうけど…スパイかどうか判断する為に連れて行ったって言えば許してもらえそうだし。――これで、アリスちゃんの運命は僕の手の中ってわけ!ハッ、最高!」



無邪気に笑いながらそんなことを言われる。




嗚呼、こいつは――あの3人組の中で最も危険な人種だ。


復讐と娯楽の為だけに生きている人間。