それから失礼極まりない下手なフォローをペラペラと吐き出した。




「別にアリスちゃんが尻軽だとか男にルーズだとか、そういうこと言ってるんじゃないよ?アランはああいう奴なんだから惹かれるのは仕方ないって。悪いことじゃないし女なら寧ろ自然なことなんだと思うけど、アランの性的趣向がちょっと加虐的っていうか…それが原因で辞めた秘書の子も沢山いるから警告として、ね」
こちらを舐めているとしか思えない台詞が、更に私の気を腐らせる。



自分の主観で勝手に他人を語れると思っているなら随分おめでたい脳ミソだと褒めてやりたい。




「人間は多面体なのよ。それぞれ色々な部分を持っているからこそ人間なの。他人は他人、私は私。全く別物だから同じように扱わないでくれる?」



尻軽でも痴女でもなんでもない。




「私は処女よ。勘違いしないで」




そう言って一瞥を投げれば、返ってきたのは間抜けな声音。




「……え、ほんとに?」



呆気に取られたような表情を見て満足した私は部屋の椅子に腰を掛ける。



自分の貞操にそこまでの価値があるのかは分からないけど…シャロンは今まで1度も性的な仕事を回してきたことがない。


私としてはお金が稼げるならいいと思ってたけど、頑なにあいつが拒否するからいつしか私までそういうことに関して抵抗が出てきた。
「何よその反応、失礼ね。軽々と男に手を出せる程経験豊富ですなんて私は1度も言ってないでしょう?それにそこまで惚れっぽくもないつもりよ」


「…へぇ~そっかそっか。処女、ねぇ…ふーん。ごめんね?見かけからして経験多そうだったからさ」


そう言いながらニヤニヤと舐めるように私を見てくる。


そんな風に見られていたことには腹立つけど、この騙してやった感はなかなかいい。



「――さて、ここまで話したのだし…貴方のことも聞かせてくれるかしら?」



それに、自分の仕事を忘れるつもりはない。


話題を大幅に変えるようにして、コツリとラスティ君の前へ踏み寄り、その手からいちごミルクを奪った。


こんな甘ったるそうなものよくずっと飲んでるわね…と溢しそうになったけれど、そんなことは今どうでもいい。



「ふーん。悪いオネーサンだね。ひょっとしてアランじゃなくて僕のこと気になっちゃった?」


「……その質問の答えは“気になる”の意味合いにもよるわよ。ラスティ君はリバディーの中でも優秀な3人の1人でしょ?個人的な興味があるの」



此方の目的がバレないように、単なる好奇心を装って、クスリと微笑む。
「ギャップ萌えって言うのかな?強欲な処女って萌えるよね」


「……会話にならない男は嫌いよ」


「僕たちに脅えない強気さも良いかも。それと裏腹に汚れを知らない身体してるとか…やっばい、クッッソ萌えんね」



ふわりとしたキャラメルブロンドの髪が揺れる度、ラスティ君の異様な雰囲気を感じる。


可愛らしい八重歯とえくぼを見せながら楽しげに笑い、私と反対側の椅子にテーブルを挟んで座るラスティ君。




「僕の話聞かせてあげる代わりに、アリスちゃんへの歓迎として用意したチョコレートムースがここに入ってるから、一緒に食べよ?」



そう言って元からテーブルに置かれていた箱を開け始めた。


これはやりにくいタイプね…掴めなさすぎてスムーズに情報収集できないじゃない。


というかこいつ、チョコレートムースが食べたくて私の話に乗るつもりなんじゃないかしら…。



「私への歓迎ってことは、普通私が1人で食べるべきじゃないの?」


「まぁそうだけど、僕が買ってきたんだし半分くらい良いじゃん」
箱から顔を出したのは美味しそうなチョコレートムース。


食欲がそそられてしまう。


正直こういうお菓子を口にしたことはあまりないから、興味はある。



「どこで買ったの?」


「2階にスイーツ専門店があるから、そこでお持ち帰り頼んできたんだよ」


「ふーん…便利ね」



さっき食堂とか売店もあるって言ってたし、2階は主に食事をする場なのかもしれない。



「それで?僕の何が知りたいの?」



無遠慮にチョコレートムースを先に食べ始められ、そういえば質問を考えていなかったことを思い出す。


とりあえず今思い付く限りのことを用心深く聞いておかなければ。




「そうね…まずは、ラスティ君がリバディーで何をやっているのか知りたいわ」


「んー?僕もよく分かんないけどなぁ」


「分からない…?どういう意味?」


「アリスちゃん、余計な好奇心は厄介事を招くよー?」
然り気無く焦らされたような気がして癪に触ったけれど、そっちがそういうつもりなら此方から攻めればいいだけ。


話を聞かせてくれると言ったのはラスティ君の方なのだから、私が遠慮する必要はない。



「勿体振らないでくれる?」


「急かすねぇ、アリスちゃん。僕はなんていうか…覆面パトカー?」


「はぁ?」


「それ以上の例えなんて思い付かないよ。概括的に言えば一般人の振りをして犯罪者を捕まえるってこと」



目の前の男は1度たりとも笑顔を崩さない。


それも、“にこにこ”ではなく“にやにや”という擬態語が似合う薄気味悪い笑顔。



覆面パトカーなんていう下手なんだか上手いんだか分からない微妙な比喩表現は別として、こいつは良い意味で不気味。


勿論受け取り方によれば悪い意味にも成りうるけどね。
「何となく分かったわ。つまり正義の味方ってわけ?」


「何その気持ち悪い響き。全く萌えない」


「知らないわよ。確かに言い回しに問題はあるかもしれないけど、犯罪者を捕まえてるんでしょ?」


「そうだけどねぇ…でも僕らの役目は警察でも手がつけられない方の犯罪者を捕まえることだし」


「手がつけられない…?そいつらは警察に引き渡さないの?」


「そういう時もあるけど、大抵拷問とか処理かなぁ」



ラスティ君のそんな台詞を聞いても、特に何とも思わない自分は、もう犯罪組織に慣れすぎてしまったのかもしれない。


リバディーが捕まえるのは手がつけられない犯罪者。情報収集で最上位クラスを誇るのも、そんな人々から情報を得ているからなのかしら…。




「ドロドロした裏事情ね」


「そうかな?そういう場所だからこそ感情を剥き出しにする人間を見れることが多くて良くない?憎悪、悪意、悔し紛れの表情、殺される瞬間…それを見る時ってたまんないよねぇ!さっきアリスちゃん、人間は多面体だって言ったでしょ?全くその通り。君が見た目に反して処女だったように、そういうギャップを持ち合わせた犯罪者も沢山いるんだよ。そういう奴等に偽りの笑顔で近付いて、捕まえて、裏切る。あの時の感覚思い出すともうほんと…萌えすぎてヤバイんだよね」



嗚呼、まただ。


ラスティ君はさっき廊下で会った時のような、まるで性的興奮をしているかのような、恍惚とした、官能の表情を浮かべる。
ラスティ君にだけは捕まりたくないと切実に思えた。


もしもスパイだとバレた場合、そのうえ私がラスティ君に拷問されることになった場合。