「そんなこと言われてもなー。こういう状況の傍観って一番萌えると思わない?自分に危害が加わらないうえ他人が汚辱を受けてる場面をずっっと観てられるんだよ?勿論僕は敢えて自分を追い詰めて楽しんだりすることもあるけどね。嗚呼、でも一番はやっぱり扇動かな?ゆっくりグッチャグチャに掻き乱してやる時のあの感覚たまんない…想像しただけで体の芯がゾクゾクしてくるなぁ。あと最近はね、純粋無垢で天真爛漫な他人にこの世の闇を魅せてその真っ直ぐな瞳に輝きがなくなるのを眺めていれば最高の萌えを得られそうかもとか思ってるんだよ。萌えの渦の中で快楽死できるなら本望とすら――…」


「おい秘書、珈琲でも淹れろ」




どうやらラスティ君の話に聞く耳を持たないらしいアランは、華麗な無視をかまして再びソファへ戻る。
私は冷蔵庫の横の机に置いてあるポットやドリッパーに触れた。


ドリップ珈琲か…この手の淹れ方が好きな人は多いようで、他の組織に潜り込んでいた間も何度か目にしたことがある。


そこには他にも様々な器具があり、エスプレッソやココア…色々なものが容易につくれそうだ。




「甘さは?」


「控え目でいい」



遠回りだし面倒だけど、こういう地道な作業がこちらへの警戒心を破る方法。



今下手に動けば余計にうまく身動きがとれなくなるだけ…それだけは避けたい。




勿論さっきのような口は聞かずマリオネットのように言いなりになっておいた方が安全だけど、生憎侮辱されて言い返さないような女ではない。


それにああいう奴はたとえ命乞いしようと殺す時は殺す。




「2人共ひどー。折角僕が萌えの魅力について語ってあげてるのに」


「聞きたくもねぇよ。魅力云々なんて性欲を満たす為の条件でしかねぇだろ」



リバディーの連中…もしくはその中でも桁外れな才能を持つ3人が良くも悪くも変わり者であることは会話を聞いているだけで分かる。
聞こえないふりをしながら慣れた手付きで珈琲を淹れ、アランへ手渡す。



「モカブレンドで良かったかしら?」


「………てっきり珈琲すら淹れられない女かと思ってたけど違ぇのか」


「あら、私って随分と舐められているのね。というか淹れられないと思っているのにそれを頼む貴方ってどうなの?」



文句を言う私を見て少しだけ楽しそうに目を細めたアランは、私の淹れた珈琲を口に含んだ。



こんな雑用みたいな仕事じゃなくて、さっさと重要書類の整理とかを任せてもらった方が活動が捗るのに。



「他に私がすることはないわけ?」


「…へぇ、これはなかなか美味い」


「…はぁ?」


「胸にうざったいほどの脂肪の固まりつけてる割には美味い珈琲を淹れるんだな」


「褒めてくれるのは有り難いけれど…一言多いんじゃない?」
すると隣に座るラスティ君が相変わらずいちごミルクを飲みながら言う。



「アランは珈琲の味厳しいからね~高評価なのはアリスちゃんが初めてかもよ」



そんな微妙な場面で評価されても困るのだけれど。


リバディーのアランに自ら淹れた珈琲で高評価を頂きました…なんて、普通に就職面接で使えそうで場面どころか気分まで微妙になる。



「余計なことゴタゴタ言ってんじゃねぇよ」


「あぁ、ついでに言うと一発でアラン好みの珈琲当てたのもアリスちゃんが初めてだよね?」



途端、アランはラスティ君を物凄い眼力で睨み付ける。



……どうやらアランはモカブレンドが好きらしい。


そんな個人情報より、リバディー自体の情報を流して欲しいところだわ。



「更に言っちゃうと今日はアリスちゃんの仕事、あんまりないよ」


「…どういう意味?」


「どうせ初日なんだし張り切らなくていいのに。」
「張り切ってるわけじゃないわ。ただ何をすればいいのか分からないだけ」


「今日はないんだって。僕ら2人のリーダー…っていうか、この組織の司令官が夜まで不在だからね」



司令官…ここに居ないもう1人。


夜まで不在…つまり夜には帰ってくるということ。



「オーケー、なら今日私は何もせず寛いでいればいいということかしら?」


「そうそう。物分かり良い人スキ。狭いけど秘書用の部屋があるから案内するよ」



私はラスティ君の言葉を聞き、待ってましたと言わんばかりに心の中で笑みを深めた。
個人の部屋があればスパイ活動も楽々と捗る。


鍵を掛けられれば尚良いんだけど、そこまで頼むと逆に怪しまれかねないからやめておこう。




「食事は2階に食堂とか売店があるからそこでよろしくね」


「あら、わざわざありがとう」


「この階にもシャワールームはあるけどお風呂は5階の大浴場がオススメかなぁ」


「………」



そこでふと違和感を覚えた。


私、お風呂ここで入るわけ…?


まさか…いや、そんな話シャロンから聞いていない。そんなはずはない。



「着替えは同じ服を3着ずつ部屋のクローゼットに、」


「……ちょっと待って、お風呂だの着替えだの言ってるけど…私はいつ帰るの?」



シャロンのあの不気味な笑顔が脳裏に浮かぶ。



私の質問を聞いたラスティ君は、わざとらしく驚いた顔をした。
「ちょっとちょっと、何言ってんのアリスちゃん。君は新しく来た――“住み込みの”秘書でしょ?」




己の口元がひくつくのが分かる。



……シャロン…!!!


毎回、あれ程、仕事内容はきちんと言えって、しつこく、言ってるのに…!!!



浮き上がってくる殺意をなんとか抑えながら、私は自分の部屋へと案内されることになった。


一体いつ帰れるんだろう…。
ラスティ君は「じゃあついてきてー」とスキップしながら、まだ混乱している私を部屋へと案内する。


と言っても、その部屋は今まで居た仕事部屋を出て、廊下を挟んだ直ぐ目の前にあったのだけれど。




「好きに使っていいからねー」



淡いピンクとライトグリーンで統一された、いかにも女の子っぽい部屋。


家具は揃ってるし過ごしやすいとは思うけど、この可愛さは肌に合わない。



今日からここで生活するのか…まぁ、仕方ない。全てはシャロンのせいだと思ってしまえばいい、うん。




「今日は1日中この部屋にいていいのかしら?」


「んー、用がある時は呼ぶけどそれ以外はいいんじゃない?」


「あらそう」


「あと1つ忠告しておくけど、アランには手ぇ出さない方がいいよ」


「……は?」



どういう意味で言っているのか分からず眉を寄せる私と、それすらも楽しむかのように深い笑みを造るラスティ君。
「今までも何人かいたんだよね、アランの魅力に惹かれて襲っちゃったオンナノコ」



嗚呼、成る程。


彼の容姿と独特の雰囲気を思い出すと、自然に納得してしまう。


…でも、



「それ私に言ってるの?」


そこだけは信じられない。



「ん?アリスちゃん以外に誰がいるの?」


「…心外だわ。そんな痴女に見られてたなんて」



遺憾の意を表する私に、ラスティ君は暫くどう言おうか迷うような仕草を見せる。