いつの間にか座った体勢になっているアランと、後ろから抱き締められている状態の私。



……密着しすぎじゃない?


女慣れしてるアランにとってはこれくらいどうってことないんだろうけど、私は微妙な気分だ。



背中から体温が伝わってくるし、何かいい匂いするし…。



シャロン以外の奴とここまで密着したのは、私のスパイ活動履歴の中でも少ない。
「認めないって何をよ?」


「お前の休暇」


「そんなこと言ったって、もうブラッドさんからの許可はとれたんだし…っていうか離して」



そう言って睨むと、アランは余計に抱き締める力を強くしてくる。


…あら?この男には言語を理解する能力がないのかしら?



落ち着くのよアリス。アランに踊らされてどうするの。




「ひょっとして、私が2日いなくなるから寂しいの?」


アランに向かって挑発的な笑みをつくってやれば、


「あ?んなわけねぇだろ」


予想通りの反応をするアラン。…でも離してはくれない。




「あらそう。でも、離さなかったらそう捉えるわよ」


「勘違いすんな。お前がいなくなったら扱き使う相手がいなくなるから嫌なんだよ」


「……」



嘘でもいいからもっとマシなこと言えないのかしら…。


いつも私のこと可愛くないって言うけど、こいつだって可愛げの欠片もない。
――そんな時、ふとひんやりとした空気を感じた。


おそるおそる視線を上に向けると、そこにはいつの間にか私たちの目の前にいるブラッドさん。


しかも仁王立ち。



さっきまで自分の席に座ってカフェオレを飲んでいたはずなのに、何故かこちらへ来ている。




「…近い」

「え?」

「近いです、離れてください」



ブラッドさんはいつも以上に冷たい瞳で、座っている私たちを見下ろしながら言う。




「ぶらりんってば堅いなぁ。スキンシップじゃん?」


……反論したのは何故かラスティ君。



多分、私の心情を見透かしている。


アランが近すぎて内心戸惑っていることをこの男は知っている。


だからこそ私とアランが離れるのを阻止しようとしているのだ。悪趣味め。
「スキンシップなんか必要ないでしょう」


「そんなこと言って、ぶらりんだってしたいくせに。あぁ、ヤキモチやいてんの?」


「悪いですか?」



さらりとそう答えたブラッドさん。途端に吹き出すラスティ君。



「うんうん、そっか。マジかー。いや、全然悪くないよ?寧ろ萌えるし。だってあんだけ他人に無関心だったぶらりんがヤキモチだよ?予想はしてたけど、ヤキモチまでいくとは思わなかったな。そもそもあのぶらりんが他人を好きになるってこと自体ミラクルなのに、その人に似てるって理由だけでここまで執着するとはね。予想外すぎて笑っちゃうっつーの?僕の中のぶらりんってとにかく無機質な感じの人だからさ。いやぁ、何が起こるか分からないってこのことだよね。ところでぶらりん、そんだけアリスちゃんが好きならこれから一緒に服選びに行かない?」




ぺらぺらと流暢に話す彼は、唐突にそんな提案をした。


ちょっと待ってよ、服って…。




「服…?アリスのですか?」


「そうそう。ぶらりんならアリスちゃんに似合う服選べそうじゃん?ついでに僕も付いていくし。アリスちゃんには待っといてもらおうよ」



いやいや…!服くらい自分で選べるわよ!と心の中では思う。
でもどうせラスティ君は聞かないだろうな…なんて諦めもあって。


アランもこの様子だと離してくれそうにもないし。


いっそ服を持ってきてくれるまでここで待っておけば、手間が省けるかもしれない。




「ですが、そうなるとこの2人が…」



ブラッドさんがチラリと私たちを見る。



「アランとアリスちゃんが2人っきりになるって?まぁいいじゃん、早めに選べばいいだけだし。それにちょっと、いい考えがあるんだよね。だからぶらりんと2人で話したいんだけど…いいでしょ?」



ラスティ君が口元に弧を描く。


いつも笑っているから、ラスティ君の表情から感情を読み取るのは難しい。



でも、この笑みには何だか嫌な予感がした。


私に向けられたものじゃないのに。


いつも以上に妖しげというか…。冗談っぽくない感じというか。
「……分かりました。アラン、俺は少し出ますが無闇に彼女に触れないように。俺が戻ってくるまでに離れておいてくださいね」



ブラッドさんもラスティ君のそんな雰囲気を感じ取ったのか、共に部屋を出て行く。


ばたんと音を立てて閉まるドア。



いい考えって何のことよ?


こっちは悪い予感しかしないっての…。




――なんて、そんなことを考えていた時。


後ろのアランが私の長い髪を何故か束ね始める。


抱き締める手がない代わりに足で私を固定している。


クソ、逃げられないじゃない。
「……何してんのよ」

「お前、やっぱ髪括ってた方がそそる」

「あらそう。じゃあアランの前では2度と括らないわ」

「可愛くねぇな」

「うるさいわね。分かってるわよ」



「――…分かってねぇだろ、自分がどんだけそそるか」



低い声音が鼓膜に届き、次の瞬間には柔らかい感触がうなじに当たっていた。


しかもチュウッ…と音がしてそこに小さな痛みが走る。



「……っ!」


慌てて全力で離れようとすると、ダーン!!と盛大にソファから転げ落ちてしまった。



痛みを感じつつソファの方を睨み上げると、そこにはニヤニヤしたアラン。


こ、こいつ…。
「ダッセー」


「……私が離れようとしたらあんたがいきなり足と手離すからでしょ」


「離してほしくなかったのか?」


「違うわよ!っていうか今……キスマークつけた…?」


「見えねぇとこだし大丈夫だろ。そんなとこ見せる相手がいるなら話は別だけどな」



試すような笑みが向けられる。


彼氏なんかいないって言ってるのに。




「睨むなって。隣来れば」


「変態の隣は嫌」


「意識しすぎなんじゃねぇの」


ニヤリと妖しげにこちらをからかってくる。



「意識なんかしてないわよ…!」


「あっそ。じゃあ来いよ」


ついムキになってしまった私に、あっさりとそう言うアラン。
「貴方の全財産を今すぐむしり取りたいわ…」


「そうやって悔しがってんのスゲー可愛い」




………どうしてしまったんだ?この男は。


アランの口から私に向かって“可愛い”なんて言葉が出てくるなんて。


可愛くないって言ってきたかと思えば可愛いって言ってきたりして。意味が分からない。


床にぶつかったせいで身体痛いし…。



渋々立ち上がり、なるべく距離をあけてアランの隣に座る。



「“可愛い”って言葉の意味、ちゃんと分かってるの?」


「……そういう憎まれ口、前はマジで可愛くねぇって思ってたのにな」


「は?」


「趣味変わったんだよ、俺」



よく分からなかったけれど聞き返すのはやめた。


これ以上会話をしてもこっちがからかわれるだけだと思ったから。