……“ラスティ”って、あの3人のうちの1人じゃないの?
いくら何でも名前くらいは聞いたことがある。
今回私は3人の秘書としてスパイ活動をするわけだけれど、こんなに早く顔合わせするとは思わなかった。
「……私はアリスよ」
できるだけ戸惑いを隠そうと平静を装うが、男はそんなことなど気にしていないようで。
一見人畜無害そうな外見をしているのに、目の前にいるとなるとその異様さが際立つ。
「ん、よろしくね」
男はそう言いながらふと私の耳元を見て、前触れもなく口元から笑みを消した。
飲み終えたいちごミルクのパックをぐしゃりと潰し、廊下に置いてあったゴミ箱に投げ入れる。
―――そして。
「あぁあぁぁぁぁあああああああぁぁあぁぁぁああああああぁぁぁぁあアアァアアぁぁぁぁあぁあァァあぁあぁぁぁぁああああああああああああァァアアアアアぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁっ……」
悲鳴――いや違う――歓喜、興奮、喜悦――。
一瞬今の叫びは誰が発したのかと疑った。
目の前の彼が出したモノとは思えなかった。
「あはっ、はは…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
俄然狂ったように笑う彼を見て、私はただただ“イカれてる”と思った。
こういう状態の人間ほど怖いものはなく、ホラー映画なんて比にならないと思う。
「……ッ、そっかそっか。そう来てくれたわけね?ヤバいゾックゾクするなぁ…っ」
少し染まった彼の頬は性的興奮を表していて、更に意味が分からなくなった。
何にそんなに興奮しているのかすら全く分からない。
脳内で早くも警報が鳴り響いた。
「なかなか萌える展開かも…っと、いけない。あいつが仕事部屋で待ってるんだっけ」
何かを思い出したように廊下の右側にあった扉を開き中へ入っていく。
これは…付いていくべき?こんな変な子に…?と一瞬迷ったけれど、ラスティ君に手招きされてその部屋に入ってしまった。
中には棚やテレビ、冷蔵庫やポット…この部屋だけでも自由に過ごせるくらいの物が置いてある。
一面ガラス張りで、流石9階なだけあって景色がとても綺麗。
「ったく、騒がしいんだよ」
そして――黒いソファーベッドの上で足を組んでいる別の男と目が合った。
私はその人物に思わず息を呑む。
妖艶という表現が一番似合う男だと思った。
全身から色気を醸し出し、誰もを魅了してしまいそうだ。
モカブラウン色の長い前髪は左目をやや隠しており、右の目元にあるホクロすら色っぽい。
フード付きの黒いジャンバーからは鎖骨が見え、首に掛けられたネックレスは色っぽさを強調している。
ヘッドフォンを耳から外し、気だるそうに私たちを捉えた彼の瞳は無気力さが感じられた。
「そいつが新しい秘書?」
「うんそうだよー。なーんか萌えられそうで楽しみ」
「……勝手にしろ」
面倒臭そうに立ち上がった彼は何故かラスティ君ではなく私の方へ近付いてくる。
「名前は?」
「…アリスよ」
男はジロリと私を舐めるように見た後、口元に微笑を滲ませ――そのまま私の腹部に向かって拳を振った。
「…ッ、…」
「気の強そうな女は好みじゃねぇ」
蔑むような目を向けられる。
「新人をいたぶるのは俺の楽しみの1つなんだけどなぁ…お前はつまらなそうだ」
至極うざったそうに舌打ちする男の失礼極まる台詞は、いくら温厚な私でも腹に据えかねる。
「…ッ、の…私としては貴方のその珍妙な言動の方が好みじゃないわね。獰猛な男は嫌いよ」
「…あぁ?口の利き方がなってねぇ女だな」
「あら、ごめんなさい。でも貴方の口の悪さの方が気に障るのだけど。これ以上私の不快指数を上げないでもらえる?」
「自分の立場分かってんの?」
「下劣な男ね。初対面なのに馴れ馴れしい」
穿いていた靴で男の足を踏みつければ、視線が絡み合う。
睨み付けるような相手の瞳は挑発的。
「はいはーい、アリスちゃんもアランも殺気立たないでよ。折角のいちごミルクが不味くなっちゃうでしょ」
殺伐とした空気を押し破ったのはへらりと笑うラスティ君。
アランと呼ばれた目の前の男はようやく私の胸から手を下ろした。
………は?“アラン”?
アランって…“あの3人”の1人の名前じゃない。つまりこいつも…いやいやちょっと待って、こんな奴が?
ラスティ君といいこいつといい、変な奴しかいないの?
廊下には誰もいなかったし、今いる仕事部屋らしい場所には机が3つある。
この階があの3人専用フロアだとしたら、もう1人も近くにいそうだ。
その内の2人と私が今この室内に、同じ空間にいる。
この調子だと残りの1人も変な奴じゃ…?
こんな色んな意味で危ない奴らに、スパイだとバレるわけにはいかない。一気に襲ってくる緊張感を何とか抑える。
「うっせぇな、今日はあいつも夜まで帰ってこねぇんだからこんな女好きにしていいだろ」
「後で怒られても僕は知らないよー?」
「バレなきゃいいんだよ」
瞬間、踏みつけていた男の足が勢い良く私の足を蹴り上げた。
バランスを崩し倒れ込む私に降りかかってくるのは見下すような冷笑。
「その度胸は褒めてやる」
気を呑まれそうになってしまうほどの高圧感。
「でも…その生意気さは癪に触るな」
――カチャリ、と男の笑みより冷たい銃口が額に当てられた。
「――死にたくなけりゃ、今すぐ土下座でもしろ」
次に出てきたのは安い脅し文句で、思わず鼻で笑ってしまう。
仮にも国に認められているような組織の1人がこんな所で一般人に拳銃向けてていいのかしらね。
「どうして貴方なんかにそんなことしなきゃならないのよ」
「この状況でも命乞いしねぇのか。可愛いげの欠片もねぇな」
「そちらこそ人としての常識が欠落しているんじゃない?」
こういう奴は、こちらが少しでも脅えるような素振りを見せたらつけ上がる。
絶対に命乞いなんかしてやらない。
暫し睨み合いを続けた後、
「…つまんねぇ女」
ポツリとそう溢した男…アランは、興が冷めたように銃を下ろした。
既に観賞モードに入っていた様子のラスティ君は、それを見て不満そうな声を上げる。
「あれ、もうやめちゃうの?アランならてっきりこれから存分にいたぶるのかと思ったのに」
「楽しそうにしてんじゃねぇよ」
いくら何でも名前くらいは聞いたことがある。
今回私は3人の秘書としてスパイ活動をするわけだけれど、こんなに早く顔合わせするとは思わなかった。
「……私はアリスよ」
できるだけ戸惑いを隠そうと平静を装うが、男はそんなことなど気にしていないようで。
一見人畜無害そうな外見をしているのに、目の前にいるとなるとその異様さが際立つ。
「ん、よろしくね」
男はそう言いながらふと私の耳元を見て、前触れもなく口元から笑みを消した。
飲み終えたいちごミルクのパックをぐしゃりと潰し、廊下に置いてあったゴミ箱に投げ入れる。
―――そして。
「あぁあぁぁぁぁあああああああぁぁあぁぁぁああああああぁぁぁぁあアアァアアぁぁぁぁあぁあァァあぁあぁぁぁぁああああああああああああァァアアアアアぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁっ……」
悲鳴――いや違う――歓喜、興奮、喜悦――。
一瞬今の叫びは誰が発したのかと疑った。
目の前の彼が出したモノとは思えなかった。
「あはっ、はは…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
俄然狂ったように笑う彼を見て、私はただただ“イカれてる”と思った。
こういう状態の人間ほど怖いものはなく、ホラー映画なんて比にならないと思う。
「……ッ、そっかそっか。そう来てくれたわけね?ヤバいゾックゾクするなぁ…っ」
少し染まった彼の頬は性的興奮を表していて、更に意味が分からなくなった。
何にそんなに興奮しているのかすら全く分からない。
脳内で早くも警報が鳴り響いた。
「なかなか萌える展開かも…っと、いけない。あいつが仕事部屋で待ってるんだっけ」
何かを思い出したように廊下の右側にあった扉を開き中へ入っていく。
これは…付いていくべき?こんな変な子に…?と一瞬迷ったけれど、ラスティ君に手招きされてその部屋に入ってしまった。
中には棚やテレビ、冷蔵庫やポット…この部屋だけでも自由に過ごせるくらいの物が置いてある。
一面ガラス張りで、流石9階なだけあって景色がとても綺麗。
「ったく、騒がしいんだよ」
そして――黒いソファーベッドの上で足を組んでいる別の男と目が合った。
私はその人物に思わず息を呑む。
妖艶という表現が一番似合う男だと思った。
全身から色気を醸し出し、誰もを魅了してしまいそうだ。
モカブラウン色の長い前髪は左目をやや隠しており、右の目元にあるホクロすら色っぽい。
フード付きの黒いジャンバーからは鎖骨が見え、首に掛けられたネックレスは色っぽさを強調している。
ヘッドフォンを耳から外し、気だるそうに私たちを捉えた彼の瞳は無気力さが感じられた。
「そいつが新しい秘書?」
「うんそうだよー。なーんか萌えられそうで楽しみ」
「……勝手にしろ」
面倒臭そうに立ち上がった彼は何故かラスティ君ではなく私の方へ近付いてくる。
「名前は?」
「…アリスよ」
男はジロリと私を舐めるように見た後、口元に微笑を滲ませ――そのまま私の腹部に向かって拳を振った。
「…ッ、…」
「気の強そうな女は好みじゃねぇ」
蔑むような目を向けられる。
「新人をいたぶるのは俺の楽しみの1つなんだけどなぁ…お前はつまらなそうだ」
至極うざったそうに舌打ちする男の失礼極まる台詞は、いくら温厚な私でも腹に据えかねる。
「…ッ、の…私としては貴方のその珍妙な言動の方が好みじゃないわね。獰猛な男は嫌いよ」
「…あぁ?口の利き方がなってねぇ女だな」
「あら、ごめんなさい。でも貴方の口の悪さの方が気に障るのだけど。これ以上私の不快指数を上げないでもらえる?」
「自分の立場分かってんの?」
「下劣な男ね。初対面なのに馴れ馴れしい」
穿いていた靴で男の足を踏みつければ、視線が絡み合う。
睨み付けるような相手の瞳は挑発的。
「はいはーい、アリスちゃんもアランも殺気立たないでよ。折角のいちごミルクが不味くなっちゃうでしょ」
殺伐とした空気を押し破ったのはへらりと笑うラスティ君。
アランと呼ばれた目の前の男はようやく私の胸から手を下ろした。
………は?“アラン”?
アランって…“あの3人”の1人の名前じゃない。つまりこいつも…いやいやちょっと待って、こんな奴が?
ラスティ君といいこいつといい、変な奴しかいないの?
廊下には誰もいなかったし、今いる仕事部屋らしい場所には机が3つある。
この階があの3人専用フロアだとしたら、もう1人も近くにいそうだ。
その内の2人と私が今この室内に、同じ空間にいる。
この調子だと残りの1人も変な奴じゃ…?
こんな色んな意味で危ない奴らに、スパイだとバレるわけにはいかない。一気に襲ってくる緊張感を何とか抑える。
「うっせぇな、今日はあいつも夜まで帰ってこねぇんだからこんな女好きにしていいだろ」
「後で怒られても僕は知らないよー?」
「バレなきゃいいんだよ」
瞬間、踏みつけていた男の足が勢い良く私の足を蹴り上げた。
バランスを崩し倒れ込む私に降りかかってくるのは見下すような冷笑。
「その度胸は褒めてやる」
気を呑まれそうになってしまうほどの高圧感。
「でも…その生意気さは癪に触るな」
――カチャリ、と男の笑みより冷たい銃口が額に当てられた。
「――死にたくなけりゃ、今すぐ土下座でもしろ」
次に出てきたのは安い脅し文句で、思わず鼻で笑ってしまう。
仮にも国に認められているような組織の1人がこんな所で一般人に拳銃向けてていいのかしらね。
「どうして貴方なんかにそんなことしなきゃならないのよ」
「この状況でも命乞いしねぇのか。可愛いげの欠片もねぇな」
「そちらこそ人としての常識が欠落しているんじゃない?」
こういう奴は、こちらが少しでも脅えるような素振りを見せたらつけ上がる。
絶対に命乞いなんかしてやらない。
暫し睨み合いを続けた後、
「…つまんねぇ女」
ポツリとそう溢した男…アランは、興が冷めたように銃を下ろした。
既に観賞モードに入っていた様子のラスティ君は、それを見て不満そうな声を上げる。
「あれ、もうやめちゃうの?アランならてっきりこれから存分にいたぶるのかと思ったのに」
「楽しそうにしてんじゃねぇよ」