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―――リバディーに来てから約3ヶ月。
「今日から2日間、休みを貰いたいんだけど」
9階、仕事部屋。
私の淹れたカフェオレを飲みながら、ブラッドさんが訝しげにこちらを見てくる。
ソファの上にいつも通り寝転がっているアランは視線だけをこちらに向けた。
つまらなそうに自分の席で書類を眺めていたラスティ君も、私の言葉に顔を上げた。
いやいやいや…そんな食いつかなくても。
「珍しいですね、君が自ら休みをとろうとするなんて」
「ええ、まぁ…。ちょっと用事ができたっていうか」
「野暮用なら下の者に任せますが?」
「あ、そういうのじゃないの。ほら、ここに来て暫く経つでしょう?友人とかとも随分会ってないし、一度顔を見せに行きたくて」
ブラッドさんはカフェオレの入っているカップを机の上に置いた。
「つまり2日の間、ここから外に出て生活するという意味ですか?」
「そうだけど…駄目かしら?」
「…なるほど。まぁ君にはよく働いてもらってますし、2日くらいなら大丈夫でしょう」
ブラッドさんはそう言って私に微笑む。
―――事の始まりはついさっき。
シャロンに全く連絡をとっていなかったことを思い出し、慌てて連絡した時のことだ。
機嫌を損ねてなければいいけど…なんて不安に思いながらもピアスから連絡すると、返ってきたのはこんな一言。
“今すぐ会いに来て”。
怒っているのか何なのかよく分からない声音だった。
でもシャロンがそう言うならそうしなければならない。
とりあえず許可が出たことにほっとしていると、ラスティ君がネタを発見した暇人のように話しかけてくる。
「マジ?アリスちゃん、わざわざ会いに行くような相手いたんだね」
「…失礼ね」
訂正。
“ような”じゃなくて実際ネタを発見した暇人だったわ。
「もっしかしてー、例の彼氏?」
ラスティ君の言葉に一瞬呼吸が止まる。
余計なことを…!アランやブラッドさんもいるってのに。
「あいつは彼氏じゃないって何度も言ってるでしょう?私、物分かりの悪い子は嫌いよ?」
有無を言わさない引きつった笑顔でそう返したけれど、ラスティ君はニヤニヤ笑うばかり。
折角もらった許可を撤回されたらどうしてくれるのか。
彼氏に会いたいから、なんて理由で休ませてくれるはずがない。
「ふーん。例の男ってことは否定しないんだ?」
「……でも、彼氏じゃないわ」
「彼氏じゃなくても大切なんでしょ?」
「着替えってあるかしら?秘書の格好のままで休暇はしたくないし、家まで移動する間だけでも着られる服が欲しいのだけど」
「照れちゃってー。服なら別の部屋に結構あるから選ぶといいよ。色んなサイズが揃ってるし、アリスちゃんくらい豊満でも大丈夫じゃない?」
思いっきり無視してやったのに、ラスティ君は1ミリも怯まない。
とりあえず彼氏であることは否定したんだし、大丈夫よね…?
チラリとブラッドさんを盗み見ると、何食わぬ表情をしている。
良かった…。今ので休暇がなくなるってことはなさそうだ。
「じゃあそこの服を借りさせてもらうわ」
「秘書の服も替わる時期だし、ちょうどいいかもね。アリスちゃんが帰ってきたら新しいの用意しとくよ」
「替わる…?どうして?」
「夏も近付いてきてるじゃん?衣替え」
そういえばそろそろ夏だったわね。
ここでのスパイ活動も、割とすんなりやれている気がする。
焦らずゆっくりじっくり、が私のスパイとしてのやり方の1つだけど、この調子なら予想より早く終われそうだ。
それに今年は――…やることが沢山ある。
早く終われそう、じゃない。早く終わらせなければならない。
…やっと手掛かりを掴んだんだしね。
私は心の中で笑みを浮かべながら、休暇の準備をしようとした。
――しかし。
寝転がりながらも私の腕を掴んでくる謎の男がいて、この場から離れられない。
謎の男と言っても男自体は一応知り合いであるアランなので謎ではないけれど。
そのアランの行動が謎だ。
この男、まさかこんな時まで私の邪魔をしようとしてるわけじゃないでしょうね…?
振り払おうとした。無論、力の差があり振り払えない。
無言のまま私の腕を離さず、上目遣いで見上げてくるアラン。
ソファの上で。しかもうつ伏せの状態で、だ。
そんなやる気のない格好で邪魔されても…。
振り払おうとする私と離そうとしないアランの無言の戦い。
やっぱり振り払うのは無理だと諦めた時、アランが口を開く。
「……オマエ、彼氏いんの」
思わずポカンとしてしまった。
アランが私のことについて聞いてくるなんて珍しい。
いや。前までのアランなら、私が休暇をとるなんて言っても興味なさげに安眠タイムを過ごしてたはずだ。
「いないわよ、そんなの」
少し驚きつつもそう答える。事実だ。
今は彼氏だの何だの、恋愛に浮かれてる暇はない。
……というかそんなのシャロンが許してくれないしね。
「でもこれから男んとこ行くんだろ」
質問に答えたから離してくれるのかと思いきや、アランが私の腕を離す気配は全くない。
何か妙にしつこいわね…。
「そりゃ男か女かって聞かれたら男だけど、別に恋人の類じゃないわ」
「…ふーん。そいつにわざわざ休暇とってまで会いに行くんだな」
トゲのある言い方だ。
言葉の裏に“お前秘書のくせに仕事サボって男と会うのかよ”という言葉が隠されているような気がする。
シャロンのことをあまり掘り下げられるとまずいし、何とか話を逸らしたいところだけど、そうさせてくれそうにもない。
「男って言っても、家族みたいなもんよ」
これも事実。
家族とはちょっと違うけど、シャロンには家族以上にお世話になっている。
…要するに私はそういうことを言ったつもりだった。
しかし、ラスティ君はそう受け取ってくれなかったようで。
「そっかそっか。つまりそういうことだったんだー?」
「は?…そういうことって何?」
「つーまーり、彼氏どころか夫ってことでしょ?」
今度は私が固まってしまった。
いやいやいや…!そんな深読みしなくていいから…!!
「違…っ、そうじゃなくて!言葉通りの意味よ!」
「あー、“家族みたいなもん”ってことはまだ結婚はしてないってこと?結婚を前提にお付き合いってやつ?はたまた同棲中?」
こいつ…分かっててわざとからかってきてるわね?
「…そうじゃなくて、親みたいなもんなの」
とりあえず“家族”ではなく“親”と言い直した。
「禁断の愛ってことかー。やるね、アリスちゃん」
……どう言おうとこうなるのか。
ラスティ君の発想力に拍手を送りたいわ。
「俺は認めねぇ」
と、アランがいきなり私を引っ張り、がしりと拘束する。