9階にあるシャワールームでシャワーを浴びた後、さてこれからどうしようかと考える。
仕事部屋に行ったら…多分ブラッドさんがいるわよね。
何となく今は会いたくないような気もする。気まずいっていうか…まぁ、そんなこと考えてるのは私の方だけだろうけど。
落ち着くのよアリス。これは仕事だ。
いつも通りにしてればいい。
「なーに考え込んでるの?」
「…っ、」
唐突に覗き込まれ、思わずビクリと後退してしまう私。
目線を上げると、ニコニコ笑顔とキャラメルブロンドの癖毛が目に入った。その手にはいちごミルク。
言わずもがなラスティ君だ。
「何その反応。ひょっとしてイケないことでも考えてた?いいね、萌える」
……ラスティ君を見てると何か色々どうでもよくなってくるわね。
「別に何でもないわ」
「ふーん。アリスちゃんってさ、自分のことあんまり話さないよね」
「…そうかしら」
「そうそう。秘密主義っていうの?僕らのことは積極的に聞いてくるのに」
「知ってることだってあるでしょ?」
「えー。例えば?」
「……………名前とか」
名前とか名前とか名前とか。どうしよう名前くらいしか思い付かない。
そんな私にラスティ君は“くふっ”なんてよく分からない笑い方をして、耳元に唇を寄せてくる。
いきなり何、と避けようとしたけれど、次の台詞で私は固まった。
「アリスちゃんが処女ってこととか?」
……こいつ。まだ覚えてたわけ?
わざとらしいヒソヒソ声で囁かれたそれに溜め息が出る。
しかし、ラスティ君は嫌そうな私を見て更に上機嫌になった。今にも鼻歌を歌い出しそうなほどニコニコしている。
やっぱりよく分からない。
「くだらないこと言ってないで仕事に戻って」
「あれ、知らない?今日は僕もアリスちゃんも午前中は休みなんだよ」
「…聞いてないわ」
「てっきりぶらりんが言ってると思ったんだけど」
唐突にブラッドさんの話題を出され、少しだけ動揺してしまった。
でもそれは表には出さない。
「そんなこと言うような雰囲気じゃなかったわよ」
「…ふーん。にしても、ぶらりんと何してたの?」
「…何かしてたって前提なのね」
「だってぶらりん、仕事部屋に戻ってきた時やたら機嫌良かったし」
そんなに噛まれたことが嬉しかったのかしら…なんて、微妙な気分になる。
一瞬さっきの私を見下ろす冷たい瞳が脳裏を過ぎった。
どうしてあんなにも冷たい瞳をしてるのに、愛を感じるのか。
私への愛じゃなく――初恋の人への愛。
「……別に何もないわ」
我ながら分かりやすい嘘だ。
それでもラスティ君は愉しそうで。
「そっかそっか。秘密の共有ってやつ?いいなぁ」
「………」
無言でラスティ君の隣を通り過ぎようとすると、あっさり引き留められた。
「ちょーっと待ってよ。折角休みなんだしさ、これから僕と一緒に4階行かない?」
いつもならスルーする誘い――だけれど、これは少し話が違う。
4階。私がまだ知らないフロアだ。
行ったこともないし、何をしているのかも知らない。
「何しに行くの?」
「ほら。こういうのには興味津々なんだよね?」
ニヤニヤと笑いながら見透かすような目をするラスティ君。
いちごミルクを口に含むその仕草ですら、異様な雰囲気を醸し出している。
ここに来てから彼のこんな姿は何度も見た。
体の60%はいちごミルクで占められていそうな人だ。
ズズズ…と無くなりかけ独特の音がし、ラスティ君はパックを少し揺らしてから、グシャリと潰して廊下のゴミ箱に捨てる。
「特に何かするってわけでもないけど、アリスちゃんの体力の限界を見てみたいんだよ」
ニコリと。彼が言うと何故か不気味に感じる台詞。
「…どういう意味?」
「4階は訓練場所っていうか…色々鍛える場所なんだよね」
「……あぁ、なるほど」
私たちの組織にもそういう場所はある。
的を銃で撃ったり、組み手をしてみたり、瞬発力の良さを競ってみたり。
私は余りしなかったけれど。
……というか私は組織にいる間、主にシャロンと一緒にいるしね。やろうと思っても次から次へとあいつの我が儘が飛んできて、体を鍛える暇なんかないと思う。
でも、ラスティ君はそんな風なことを今私にさせようとしているのだろう。
「残念ながら貴方の要望に応えることはできないわ。限界になるまで体力を使ったら午後からの仕事ができないもの」
「えー…腕立て伏せとかしてほしかったんだけどな。アリスちゃんが疲れてきたところで気が散るような何かを仕掛けて虐めたり、そろそろ限界ってとこであと50回やらないと罰ゲーム~とか言って困らせたり、腕プルプルさせながらも睨んでくるアリスちゃんを写真に収めたり…スッゴク楽しそうじゃない?」
「全財産むしり取るわよ」
ギロリと睨んでやればラスティ君の笑みが深まる。怖い。
私は痛くなる頭を押さえつつラスティ君と共にエレベーターへ向かった。
幸いにも使用者はおらず、あっさりと乗ることができた。
―――
―――――
4階には、予想以上に人がいた。
奥の方から聞こえてくる銃声。スポーツジムのようなところで身体を鍛えている人々。組み手のようなことをして傷だらけになっている人々。
一応椅子と自動販売機はあるようで、そこでスポーツドリンクを飲みながら休んでいる人もいる。
……何だか場違い感がする。
やたら筋肉質な人が多いし…あんな人達と組み手なんかしたら私の場合一発でやられてしまいそうだ。
道具を使うならまだしも、丸腰の状態で戦う気にはならない。
「何かしたいことある?」
と、ラスティ君はニコニコと話し掛けてきた。
「ないわよ、見てるだけで十分。さっき言ったでしょ?」
「じゃあ見物しながら僕とお話でもしよっか。ここの自動販売機、いちごミルクあるしね」
そう言いながら自動販売機へ近付いていくラスティ君。
そんな甘ったるいものまた飲むなんて…。
私だって別にいちごミルクが嫌いってわけじゃないけれど、連続して飲む物じゃないと思う。
「アリスちゃんってば、そんな嫌悪感丸出しな目で僕を見ちゃって」
「ラスティ君には常日頃から嫌悪感抱いてるわよ」
「僕は常日頃からアリスちゃんに惚れ直してるよ?」
「……」
「うわー、嫌そうな表情」
何でちょっと楽しそうなわけ…?
くだらないことを言う暇があればさっさと有益な情報をよこせ、と言いたくなるのを必死で抑える。
しかしラスティ君はいつもの調子でニコニコ笑いながらこう言った。
「冷たいなー。やっぱアリスちゃんは前話してた人に一途なのかなー?」
……は?あいつって…あぁ、あいつか。
“前話してた人”って言葉だけで分かる私も私だけど。
あいつ…即ちシャロン。
「そんなんじゃないって言ったじゃない」
仕事部屋に行ったら…多分ブラッドさんがいるわよね。
何となく今は会いたくないような気もする。気まずいっていうか…まぁ、そんなこと考えてるのは私の方だけだろうけど。
落ち着くのよアリス。これは仕事だ。
いつも通りにしてればいい。
「なーに考え込んでるの?」
「…っ、」
唐突に覗き込まれ、思わずビクリと後退してしまう私。
目線を上げると、ニコニコ笑顔とキャラメルブロンドの癖毛が目に入った。その手にはいちごミルク。
言わずもがなラスティ君だ。
「何その反応。ひょっとしてイケないことでも考えてた?いいね、萌える」
……ラスティ君を見てると何か色々どうでもよくなってくるわね。
「別に何でもないわ」
「ふーん。アリスちゃんってさ、自分のことあんまり話さないよね」
「…そうかしら」
「そうそう。秘密主義っていうの?僕らのことは積極的に聞いてくるのに」
「知ってることだってあるでしょ?」
「えー。例えば?」
「……………名前とか」
名前とか名前とか名前とか。どうしよう名前くらいしか思い付かない。
そんな私にラスティ君は“くふっ”なんてよく分からない笑い方をして、耳元に唇を寄せてくる。
いきなり何、と避けようとしたけれど、次の台詞で私は固まった。
「アリスちゃんが処女ってこととか?」
……こいつ。まだ覚えてたわけ?
わざとらしいヒソヒソ声で囁かれたそれに溜め息が出る。
しかし、ラスティ君は嫌そうな私を見て更に上機嫌になった。今にも鼻歌を歌い出しそうなほどニコニコしている。
やっぱりよく分からない。
「くだらないこと言ってないで仕事に戻って」
「あれ、知らない?今日は僕もアリスちゃんも午前中は休みなんだよ」
「…聞いてないわ」
「てっきりぶらりんが言ってると思ったんだけど」
唐突にブラッドさんの話題を出され、少しだけ動揺してしまった。
でもそれは表には出さない。
「そんなこと言うような雰囲気じゃなかったわよ」
「…ふーん。にしても、ぶらりんと何してたの?」
「…何かしてたって前提なのね」
「だってぶらりん、仕事部屋に戻ってきた時やたら機嫌良かったし」
そんなに噛まれたことが嬉しかったのかしら…なんて、微妙な気分になる。
一瞬さっきの私を見下ろす冷たい瞳が脳裏を過ぎった。
どうしてあんなにも冷たい瞳をしてるのに、愛を感じるのか。
私への愛じゃなく――初恋の人への愛。
「……別に何もないわ」
我ながら分かりやすい嘘だ。
それでもラスティ君は愉しそうで。
「そっかそっか。秘密の共有ってやつ?いいなぁ」
「………」
無言でラスティ君の隣を通り過ぎようとすると、あっさり引き留められた。
「ちょーっと待ってよ。折角休みなんだしさ、これから僕と一緒に4階行かない?」
いつもならスルーする誘い――だけれど、これは少し話が違う。
4階。私がまだ知らないフロアだ。
行ったこともないし、何をしているのかも知らない。
「何しに行くの?」
「ほら。こういうのには興味津々なんだよね?」
ニヤニヤと笑いながら見透かすような目をするラスティ君。
いちごミルクを口に含むその仕草ですら、異様な雰囲気を醸し出している。
ここに来てから彼のこんな姿は何度も見た。
体の60%はいちごミルクで占められていそうな人だ。
ズズズ…と無くなりかけ独特の音がし、ラスティ君はパックを少し揺らしてから、グシャリと潰して廊下のゴミ箱に捨てる。
「特に何かするってわけでもないけど、アリスちゃんの体力の限界を見てみたいんだよ」
ニコリと。彼が言うと何故か不気味に感じる台詞。
「…どういう意味?」
「4階は訓練場所っていうか…色々鍛える場所なんだよね」
「……あぁ、なるほど」
私たちの組織にもそういう場所はある。
的を銃で撃ったり、組み手をしてみたり、瞬発力の良さを競ってみたり。
私は余りしなかったけれど。
……というか私は組織にいる間、主にシャロンと一緒にいるしね。やろうと思っても次から次へとあいつの我が儘が飛んできて、体を鍛える暇なんかないと思う。
でも、ラスティ君はそんな風なことを今私にさせようとしているのだろう。
「残念ながら貴方の要望に応えることはできないわ。限界になるまで体力を使ったら午後からの仕事ができないもの」
「えー…腕立て伏せとかしてほしかったんだけどな。アリスちゃんが疲れてきたところで気が散るような何かを仕掛けて虐めたり、そろそろ限界ってとこであと50回やらないと罰ゲーム~とか言って困らせたり、腕プルプルさせながらも睨んでくるアリスちゃんを写真に収めたり…スッゴク楽しそうじゃない?」
「全財産むしり取るわよ」
ギロリと睨んでやればラスティ君の笑みが深まる。怖い。
私は痛くなる頭を押さえつつラスティ君と共にエレベーターへ向かった。
幸いにも使用者はおらず、あっさりと乗ることができた。
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4階には、予想以上に人がいた。
奥の方から聞こえてくる銃声。スポーツジムのようなところで身体を鍛えている人々。組み手のようなことをして傷だらけになっている人々。
一応椅子と自動販売機はあるようで、そこでスポーツドリンクを飲みながら休んでいる人もいる。
……何だか場違い感がする。
やたら筋肉質な人が多いし…あんな人達と組み手なんかしたら私の場合一発でやられてしまいそうだ。
道具を使うならまだしも、丸腰の状態で戦う気にはならない。
「何かしたいことある?」
と、ラスティ君はニコニコと話し掛けてきた。
「ないわよ、見てるだけで十分。さっき言ったでしょ?」
「じゃあ見物しながら僕とお話でもしよっか。ここの自動販売機、いちごミルクあるしね」
そう言いながら自動販売機へ近付いていくラスティ君。
そんな甘ったるいものまた飲むなんて…。
私だって別にいちごミルクが嫌いってわけじゃないけれど、連続して飲む物じゃないと思う。
「アリスちゃんってば、そんな嫌悪感丸出しな目で僕を見ちゃって」
「ラスティ君には常日頃から嫌悪感抱いてるわよ」
「僕は常日頃からアリスちゃんに惚れ直してるよ?」
「……」
「うわー、嫌そうな表情」
何でちょっと楽しそうなわけ…?
くだらないことを言う暇があればさっさと有益な情報をよこせ、と言いたくなるのを必死で抑える。
しかしラスティ君はいつもの調子でニコニコ笑いながらこう言った。
「冷たいなー。やっぱアリスちゃんは前話してた人に一途なのかなー?」
……は?あいつって…あぁ、あいつか。
“前話してた人”って言葉だけで分かる私も私だけど。
あいつ…即ちシャロン。
「そんなんじゃないって言ったじゃない」