「俺より俺の考えてること分かってるよな」


「…きっと自分で思ってるより分かりやすいのよ、貴方」



そう指摘すれば、アランはまた口元に笑みを浮かべた。


こんな風に笑ってる時だけはよく分からない奴だ。




そんなことを思いながらも通り過ぎていく景色を眺めていると、見たことのある建物が向こうに並んでいることにふと気付く。



ここ、リバディーの施設の近くの高速道路よね…?


だとしたら、もうすぐ着くじゃない。



アランが何時に起きたのかは知らないけれど、行く時は半日以上掛かった場所から着くまでこんなに早いなんて。



ひょっとして私が眠ってる間、かなりスピード出してたとか?



でも今は割ときちんとした時速だし、そういうわけでもないのかしら。
疑問に思いながらアランを見ると、「どうした?」と返ってくる。



「大したことじゃないんだけど…もうすぐ着くのよね?近道でも通ったの?」


「あー…かなりスピード出したんだよ、途中」



いやいや、仮にもあのリバディーの一員がスピード違反ってどうなのよ。警察とも繋がってるくせに。



「捕まっても知らないわよ」


「…お前、まさかこの国の人間のくせに知らないのか?」


「何を?」


「ここは速度無制限道路だ。死にたきゃ勝手に死ねってことになってる」



…そういえば、やたら速い車が何台かあった気がする。


アランは「結構有名だぞ?世間知らずもいたもんだな」とからかうように言ってきたので、ほっとしながら「うるさいわよ」と返しておいた。


リバディーに送った書類じゃ私はこの国生まれのこの国育ちってことになっている。確かに知らないのは不自然。


“世間知らず”で片付けられたのはラッキー。




ていうか。


「どうせスピード出すなら行きもそうすれば良かったじゃない」


「…あのなぁ」


「何よ」


「俺、こう見えて結構普段の運転滅茶苦茶だぞ?」


「……は?」


「気ぃ使ってやってんだよ。遠慮なくスピード出したら、お前酔うだろ」



呆れたようにそう言ってくるアランを思わず二度見してしまった。


え?これ本当にアラン?偽物とかじゃないわよね?私が怪我をしてる時わざわざ重たい荷物を運ばせて楽しんでたあのアラン?
「そんな気遣いができるような人だったなんて…今年最大の驚きだわ…」


「…あぁ?」



おっと、思わず考えていることを口にしてしまった。気を付けなければ。



…そう思って口を閉じても既に遅く。


隣に座るアランの笑顔が、酷く不気味なものに変わった。




「ふーん。へぇ。なるほど、俺の誠意をそんな風にあしらうんだ?」



今更“冗談だ”なんて言える雰囲気ではない。



「つまりお前は別に気遣って頂かなくても結構ってわけな?…んじゃ遠慮なく、」



そんな言葉と同時に、アランはアクセルペダルを大きく踏み込んだ。


車の速度が一気に加速する。


景色なんて見ていられない。




「ちょっ…速すぎよ!」


「あー?聞こえねーなぁ」


「………っ」




嗚呼、ちょっと優しいかもなんて思った私が馬鹿だった。


こいつは正真正銘鬼の類らしい。




――さっき初めて私の名前呼んでくれたかも――なんて思いは、有り得ないほどの速さで通り過ぎていく景色と共に消えていった。
「おかえり~」



9階の仕事部屋。


そこには早朝だというのにニコニコとソファに座るラスティ君の姿があった。


ブラッドさんも自分の机で無表情のままキーボードを叩いている。




「朝帰りか~。大胆だね2人共」


ラスティ君のそんな台詞に顔を顰める。


何でわざわざそんな言い方すんのよ。しかも何か愉しそうだし。




「私はアランの私情に巻き込まれただけよ。ニーナちゃんについて調べてきたんだから感謝しなさいよね」


「えー。ほんとにそれだけ?じゃあ何でこんなに遅かったの?」



この子は一体何を期待しているんだろう。…まぁ大体想像はつくけれど。


無邪気にえくぼを見せているラスティ君に溜め息が出る。


そういうことに関して興味津々な年頃なのは分かるけどね、私とアランをそんな目で見ないでくれないかしら。




「たまたま遅くなっただけ。何もないわ」



たまたまというか、アランが寝たからなんだけど。
「ほんとに~?」


「しつこいわね。私がアランと何かあると思う?笑わせないで」




フンと鼻で笑ってやる。


あいつの滅茶苦茶な運転のせいで今も生きた心地がしないのだ。許さない。



……しかし、アランはそんな私に妖しげな笑みを浮かべる。



瞬時に嫌な予感がして逃げ出したくなったけれど、それは許されず。


アランの腕が私を引き寄せた。




「つれねぇな。別に照れなくてもいいだろ」


「は?」


「お前の方から俺にキスしてきたくせに」


「…ちょっと、誤解を招く言い方はやめてくれる?」




ニヤニヤと笑うアランはきっと確信犯だ。多分あの手の甲へのキスのことを言っているんだろうけど、それを言わない辺り、やっぱりわざと誤解を生もうとしているに違いない。




――その時、ガタリとブラッドさんが椅子から立ち上がった。



ゴゴゴゴゴ…と音をたてそうなくらいのドス黒い空気がブラッドさんの周りを包んでいる。


何かの能力にでも目覚めたのかと言いたくなったが、いつもと変わらないはずの無表情にいつもの何倍もの怖さがあり、さすがに何も言えなかった。
室温が一気に冷えたような気がした。



ブラッドさんはそのまま私の方に近付いてくる。



思わず後退りそうになったけれど、ブラッドさんは私ではなくその隣のアランに指示を出した。



「アラン、ニーナのところへ行って様子を見てきてください」


「…あぁ。薬も貰ってきたし3階の奴らに頼んでくるわ」



アランはブラッドさんの雰囲気に訝しげな表情をしながらも、特に掘り下げることもなく薬を持って仕事部屋を出て行く。




少しだけ気が緩んだ私。…しかし、すぐさま私の方にも指示が出る。



「君は――俺の部屋に来てください」




……この人、まさかアランとのことに怒ってるんじゃないでしょうね。
「…いつ?」

「今すぐに、です」




純粋に怖いと思った。


アランとのことに怒っているかもしくは――スパイだということがバレたか。


ブラッドさんは躊躇いもなく私を引き寄せ、そのまま連れて行こうとする。


どうしよう。ここで抵抗するのも不自然だ。




チラリとラスティ君に視線で助けを求めてみたけれど、



「ぶらりん怖ーい」



………完全に楽しんでいる姿が拝見できたので諦めた。



ブラッドさんがこんな怖いオーラ出してるっていうのにそのニヤニヤは何よ…!


口では怖いとか言いつつ随分楽しそうじゃない?



人の気も知らないで…いや、知ってるからこそ楽しそうなのかもね。趣味悪い。
「あの…私、何かした?」


「………」