「ニーナちゃんが自然と目覚めるって話も本当かどうか分からないじゃない。もし嘘だった時話を聞くためにも生かして捕まえた方がいいわよ。それにこのビンに入ってるのも何か別の薬品かもしれないし…」


内心焦りながらもアランを説得しようとする。



「殺害命令されてるんじゃなくて、許可されてるってだけでしょう?逆に言えば、殺さなくてもいいってことじゃないの?」


「あめぇ」


「…は?」


「砂糖入れまくったホットミルク並みに甘いな、お前」


「……喧嘩売ってるの?」


「殺さなくていい?そんな甘い考えで片付けられると思ってんのか?こいつは俺らの組織に何度も手ぇ出してくる奴だ。本当なら今頃獄中にいるはずだしな。寧ろそういう面倒臭ぇ奴は殺せる時に殺っといた方がいいんだよ」


「…あら、プロの言うことは違うわね。でも私の知ってる“殺害許可”って、最悪の場合に使うものだと思うのだけど?それに貴方だってきっと、心の底では無駄な殺しはしたくないって思って――、」



そこまで言ってハッとした。


違う。こんなことまで言う必要はない。



ついさっきまで笑っていたはずのアランの顔から、完全に笑みが消えたのが分かる。


失敗した。私は何を言っているんだろう。アランと立場が逆だったら、死ぬほど苛々するであろう発言をしたかもしれない。
どう弁解しようかと考えた――次の瞬間、


「……ッ!」


勢いよく後ろから首に腕を回された。


ふわりと甘い香りが全身を包んだことで、その腕がジャックのものだとすぐに分かった。



「ごめんね?びっくりした?」


優しい声音が間近から降ってきて、柄にもなくビクリとしてしまう。


ちょっと…身動きできないじゃない。どういうつもりよ。



アランは眉を寄せて私とジャックを見据える。



「おい、そいつを離せ」


「怖い顔すんなよ、ブラッドの忠犬」


「あぁ?」


「駆け引きでもしようじゃないか。この子を離してほしかったら、今すぐその銃を床に置くんだな」


「…脅しになってねぇぞ。お前が女に手荒な真似しねぇのは分かってる」


「そうだね、確かに女の子を殺そうとしたりはしないかな。でも攫ったりはしちゃうかもよ?」


「………」


「ここは見逃してくれないかなぁ。一般人の彼女を巻き込んだ自分の責任だと思って、さ。そしたらこの子はお前に返すよ」
アランは数秒の沈黙の後、軽く舌打ちして銃を床に置いた。


あいつのことだから私がどうなろうとお構いなしに撃ってくるかと思ったけど…一応秘書に対する情くらいはあるのね。



「……ふーん、残念。この子を攫うのもちょっと面白そうだなって思ったんだけど」



物騒なことを言いつつ、ジャックは私への拘束を緩めた。


アランも人の大勢いるところでは撃てないだろうし、バーの中に入ってしまえばジャックの勝ちだ。


私はほっとしながらアランの方へ歩み寄る。



「See you again!」



後ろでジャックの愉しげな声音が聞こえた。


次はいつ会えるか分からない。できるだけ早めに話をしたいけれど、今は次会う約束をできる状況じゃないしね…。


彼が殺されなかっただけマシってことにしておこう。


去っていくジャックの背中を見ながらそんなことを思った。
「……いつになったら離してくれるわけ?」



アランに強引に引っ張られ、車を置いた場所まで連れ出された。


外へ出ると、綺麗な月が出ていた。アランの車が月明かりに照らされている。


その持ち主はと言うと、私の腕を痛いくらい掴んでいる。


来た時よりまた少し冷たくなった風。ちょっと寒いし、早く中に入りたい。



「帰るの?」


私の質問を無視して、車のドアを開けるアラン。


次の瞬間背中に痛みが走った。


後れて、自分が後部座席に突き飛ばされたことが分かった。



起き上がろうとするも、アランが私の上に乗ってきてできない。



「……何すんのよ」



アランは黙ったまま私の首筋を指でなぞっていく。


そして、そのまま絞めるようにして首を捉えた。


見下すような目がムカつくけれど、こいつに体術で敵うわけがない。


もしもこいつ以上の身体能力があったら、今すぐ投げ飛ばしてるのに。




「怒ってるの?」

「あぁ」



無表情で返答してきたアラン。


こいつは静かに怒るタイプなんだな――なんて、どうでもいいことを心の隅で考えた。
「謝るわ。何がいけなかったのか言ってくれない?…まぁ、見当はつくけど」


「人質になった時、何で銃を使わなかった?」


「焦ってそこまで気が回らなかったのよ」


「へぇ?随分余裕そうな表情してたのにな?あれじゃまるで、お前があいつを逃がしたみたいだ」


「……そうかしら?考えすぎじゃない?」


「それとも、勝手な思い込みで俺に同情でもしてんのか?」




アランは、私の両手を1つに纏めて自身の片手で拘束する。



「―――俺の心がお前に分かってたまるかっつーの」



そして自嘲気味な笑みを浮かべ、冷たい声音でそう言った。



私の両手を掴む手の力が強くなる。痛い、やっぱりさっきの発言に一番怒ってるわけね。


今更謝ったって、アランは態度を変えないだろう。


……だったら直球でいくしかない。





「貴方って相当ガキね」


「あ?」


「周りは貴方のそんな姿を知ってても何も言わない人ばかりでしょう?当たり前だわ。普通、他人の領域に口を出すべきじゃないもの。だけど、だからこそ自分で気付けないことが多いのよ」


「…何が言いたい?」


「要するに貴方は自分を客観視できてないわ。全くと言っていいほどに」



俺の心が分かってたまるか?笑わせないで。誰が見ても分かるわよ。


こんなに分かりやすいのに、どうして今までこの人に自覚させてあげる人がいなかったのか不思議だ。
「貴方、ベルちゃんを殺したくて殺したわけじゃないんでしょう?」


「…当たり前だ」


「だったらどうして殺しがゲームだなんて言ったのよ」


「慣れたからだよ。もう殺人を恐れるようなタチじゃねぇ」


「慣れた?馬鹿じゃないの。同じことを繰り返して何が楽しいわけ?」


「……おい、あんま生意気言ってると――」


「殺すなとは言わないわ。それが貴方の仕事だしね。でもそんなことを言う貴方はベルちゃんのことをどこかで引きずってるようにしか見えない」



そう言い切った私に、アランは黙り込んだ。


何を考えているのかは分からない。車内に数秒の沈黙が走る。




その後、私の両手を押さえつけていたアランの手の力が緩んだ。


ひょっとして殴られる…?と思ったけれど、アランは私の上から身を退けた。


そして感情の読めない表情のまま、後部座席から運転席に移動する。


私は起きあがり、アランの様子を少しだけ窺う。


余計怒らせてしまったかしら…思ったことをそのまま言っただけだし、後悔はしないけど。
どうしていいか分からずそのまま後部座席に座っていると、


「お前はこっちだろ」