「私はそういう風に親密になりたいわけじゃないわ」


「じゃあどういう風?」


「……分かってるくせに」



ただ、いつアランが来るか分からない状況でこの話をするのはリスキーだ。


もしかしたら私を見捨てたんじゃなくてトイレに行ってたり電話してたりするだけかもしれないし…。というかこの現状、どうすりゃいいのよ。



研究の情報を聞き出すにしてもアランに聞かれちゃまずいし、見捨てられたなら自分の手でジャックから情報を得なければいけない。


どうにも動けない。


ニーナちゃんも関わってくる話だし、見捨てるってことはない…はずなんだけど。




「つれないなぁ。まぁ、なかなか手に入らない女性ほど手に入れたくなるもんなんだけどね」


「その前に、貴方がジャズバンドの団体に指示しやがったせいでリバディーの1人が目を覚まさないのよ。先にそっちについて話してくれないかしら?」
この話はアランからしてもらう予定だったんだけど、いないんだから仕方ない。


それに、この話ならどこかから戻ってくるかもしれないアランに聞かれたとしても問題はない。


こっちがリバディーから来た人間ってことは最初からバレてたってことにしておこう。実際そうだしね。


……それどころか、私が本当はクリミナルズの人間だということも知っていそうだ。




「やっぱりそのことでここまで来たんだ?俺としては、あいつらがブラッドを捕まえてこなかった場合の予備だったんだけど」


「予備だろうが何だろうが貴方、自分の妹に害を与えてるのよ」



この人がブラッドさんにどんな用があるのかは知ったこっちゃないけど、一応その事実だけは伝えておいてやる。


―――と、その刹那。ジャックの顔が凍りついた。


数秒後、彼はひくりと口元をひくつかせる。




「…どうしたの?」


「……あー…いや、それってほんと?」


「嘘吐いてどうすんのよ。目を覚まさないのはニーナちゃん。貴方の妹」
「……そりゃ予想外だな」


「あの団体への指示がアバウトだった貴方が悪いんじゃない」


「ニーナ、ねぇ…それはマズイ」


「どうせなら女性には手を出すなとでも言っておけば良かったんじゃない?」


「いや、確かに家族だろうが何だろうが女性には優しくしたいタチだけど、ニーナはそれ以前の問題かな」


「どういうこと?」


「ニーナに何かあるとうるさい奴がいるから」


「…は?」


「まぁ、君もリバディーに長居するつもりならそのうち分かると思うよ」



長居…することになるんだろうか。

どれくらいの期間を長居と言うのか分からない。




「はい、これ」と、ジャックが私に小さなビンを手渡す。


いきなり何だと怪しみながらも受け取ると、にこりと微笑まれた。まるで自分の一番イイ表情を分かっているような笑い方だ。



「これを飲ませれば早く目覚めるはずだよ」


「……本当でしょうね?」


「俺だってそこまで命知らずじゃないさ。それに、ほっといても1週間経てば目覚める仕組みになってる」



嘘…ではないように見える。女性に優しいって自分でも言ってるし、余程ニーナちゃんが嫌いとかじゃなければ大丈夫そうね。


私はビンをポケットにしまい、ゆっくりとジャックを見据えた。



「話の分かる男で助かったわ。――さて」



ジャックの首に手を回し、わざとらしく微笑んでみせる。

そんな私の後頭部に手を回そうとする彼の頬を指でなぞる。



そして――パァン!!と乾いた音が廊下に響いた。


俗に言うビンタとやらをかましてやったのだ。
ジャックは表情には出さないものの、驚いている様子で。


けれどそんなことはお構いなしに、私はにこりと微笑んだままこう告げる。




「――所持金全部寄越しなさい」



やっと見つけた手掛かり?ブラッドさんやニーナちゃんの家族?――そんなことよりまず、金を貰わなきゃ気が済まない。




「…はは、痛いなぁ。もしかしてニーナのこと怒ってる?」


「それはないわね。自分以外の人の分まで怒るのはただのお節介だもの」


「賢い子は嫌いじゃないよ。でも、だとしたら何故?」


「あら、分からない?じゃあ教えてあげる。あの団体に何発も撃たれたのよ。勿論銃でね。団体の方はもう金なんて持ってないだろうし、だったら貴方しかいないと思って」


「……因みに聞くけど、何が?」


「慰謝料を請求できる人」



そう言う私は、きっとこれでもかというほど笑顔だろう。

所持金だけで許してあげるんだから感謝してほしいところだわ。



「へぇ、なるほどね。欲深い女性もなかなか良い」


「グズグズしてると倍にするわよ」
そう言いつつ財布が入ってそうな所を目で探す。


やっぱりポケット辺りが妥当かしらね…なんて考えていた――その時。



「……っ…ぶはっ…」


必死に堪えているような、噛み殺すような笑い声が微かにどこかから聞こえてきた。


そしてその声が廊下の曲がり角の奥からしていると気付き、私もジャックも警戒心を強めてそちらに視線を送る。


まさか――いや、十分有り得る。彼の性格の悪さを考慮しても、彼の能力を考慮しても。




「……あーあ、バレちまったか」


至極残念そうにこちらへ近付いてくるもう1つの人影。



こいつ、もしかして最初からずっと隠れてた?


甘かった。いくら気配がなかったとしても、こいつならそれくらい簡単に消せるはずだ。



「俺がいなくて焦ってんのが見たかったんだけどなぁ。まさかカツアゲしだすとは…やべ、笑いすぎて横隔膜痛ぇ」


「…人聞きの悪い言い方しないでくれるかしら?別にカツアゲじゃないわ」



そう反論しても、曲がり角から姿を現した男――アランは笑いを堪えきれない様子で。

吹き出すようにしてお腹を抱えて笑い出す。失礼な奴ね。



ジャックは「なるほど、俺は最初からこの子に騙されてたわけか」と何が可笑しいのかクスリと笑う――が、アランはそんな彼にすかさず銃口を向ける。




「動くなよ?こっちは殺しの許可も出てんだからな」
ニヤニヤ笑うアランを見て、味方ながらこの余裕ぶりはムカつくな…と思った。


同時にこういうことに余程慣れているのだと再確認した。


それに彼は人を殺すことがゲームだと言った。…私には、そう自分に思い込ませているようにも見えたけれど。



「おい、こっち来い」


アランがジャックの隣にいる私に向かってそう指示する。


私は黙って命令通りにしようとしたけれど、ふと疑問が浮かび立ち止まった。



「……待って。これからこの人をどうする気?」


さっき殺しの許可も出ていると言った。じゃあ、まさか…。



「あ?ニーナがどうせ目覚めるっつーことも分かったんだし、これ以上用もねぇだろ」


「用がないって…殺すってこと?」


それはマズイ。私はジャックに聞かなければならないことが沢山あるんだ。


殺されたら困る。ようやく見つけた手掛かりなのに。