「貴方は何か頼むの?」


「頼まないかな。こうして君と話してる方が面白そうだ。…それに、未成年の君の前で何か飲むのは不躾だろ?」


「―――」



予想外の言葉に口籠る。


どうして未成年だと言い切れるの…?


19歳。未成年かそうでないかの判断は難しいはずだ。


もしかして、私は自分で思っているよりも童顔なのかしら。


でもそれならアランだって私にこんな役頼まないでしょうし…。




「そういう表情もなかなかいいね」


「…口がうまいのね」



恍けるのも胡散臭いかと思い、敢えてその話題には触れない。



「君は、今日何をしに此処へ来たの?」


「貴方は私が何をしに来たと思うの?」



視線が絡み合う。



「言い方を変えようか。君は――誰が目的で此処に来た?」



さてどうしよう。この男は予想外のことばかり言う。


これもナンパの手口?ここまで適確なのも不気味ね。
「ひょっとしてそれ、こんな場所にいることへの説教?それとも心配してくれてるのかしら」


「そのどちらかだとすれば後者かな。ここは危ない奴らが多いし。でも残念、両方外れだ」



冷たさを含まない青い瞳が、私を捉えて離さない。


何かが迫ってくるような感じがして落ち着かない。



「俺は情報量が多い。誤魔化しはきかないよ」


ジャックは私を閉じ込めるようにして壁に手をつく。


しまった、一番端の席を選ぶんじゃなかった――なんて思っても既に遅く、



「俺は君のことを知ってる。それに、今リバディーの秘書をしてるってこともね」


ジャックの妖しげな瞳が私を見下ろしていた。


手首も掴まれていて、逃げられない。



私を知ってる…?この男とは初対面のはずだ。


いや、リバディーのことを調べているうちにたまたま私の情報を拾った可能性は十分ある。


弟の所属している組織について調べていてもおかしくはない…と思う、けど。




「そんな君がこんな場所にいるってことは、俺が目的で来たとしか思えない」


「不思議なことを言うのね。私はただの一般人よ」



さぁ、この状況をどう打破するべきかしら…。


私のことまで知られているなら、予定通りにはできない。


騙すことはできなくても、何とか外まで連れて行くしかない。



「まだ恍けるの?俺は嬉しいのにな」


「……は?」


「ずっと君に会いたかったんだ」



何…?この違和感。まるでずっと前から私を知ってるような…。


一応この人は犯罪者の部類に入るわけだし、どこかで会っていてもおかしくはないけれど。



「…それ、ある種の口説き文句?」
「口説き文句と言うよりは本心だよ。―――あの研究に関わった時から、一度でいいから君に会いたいと思ってた」



ゾクリとした感覚が全身を駆け巡る。


―――研究に関わった…?


心当たりが1つある。


本当にあの研究のことを言っているなら…関係者…?



どうしようもなく動揺してしまう。


どうしていいか分からない。


ずっと探していたものを、まさかこんな場所で見つけるなんて。


やっと見つけた手がかり――この数年、ずっと探し続けていた、“あの研究”についての手がかり。




「いきなりこんなこと言ったから、困らせたかな?」


「―――」


「他の奴はどこにいる?」


「……このバーの奥に身を潜めてるわ。1人よ」


勿論嘘だ。アランは外にいる。



「やっぱり俺が目的で来たんだ?」


「当たり前じゃない。好き好んでこんな物騒な場所に来ると思う?」


「誤魔化すのはもうやめたの?可愛かったのに」


「さっきからこっちを試してるみたいな言い方よね。今自分が私の獲物になったってこと、分かってるのかしら」


「それは嬉しいな。君から追ってくれるなんてさ」


「追うのは貴方じゃない、あの研究の情報よ」



リバディーとまではいかなくても、私たちの組織の情報量はなかなか多かった。


様々な犯罪者がいて、自然と情報が流れ込んでくるような環境だった。


それでも私が一番欲している情報は今の今までほんの1ミリも手に入らなかった。



それが――その手がかりが、少しだけ手に入ったのだ。
「君が望むならじっくり教えてあげるよ。言っただろ?君とは親密な関係になりたいって」


「…口先だけの口説き文句じゃなかったのね」


「一目で君だって分かったよ。直接会ったのは今日が初めてだけど、写真を見ることはあったから」



私を最初から試していたと言われたようで、なかなか癪に触る。


「貴方と出会えて本当に嬉しいわ。来てよかった」


正確には“貴方”じゃなく“貴方の持っている情報”だ。



「男慣れしてる言い方だね」


「仕事柄よ。上辺だけの言葉で駆け引きするタイプには一番合わせやすいの」



貴方みたいなね、という言葉は敢えて飲み込んでおく。



それにしても、こんな場所で研究についての話をするわけにはいかないわよね。


今はアランも来てるし、時間がない。


どう足掻いても、ゆっくり話すためにはまた後日ということになる。ああ、もどかしい。




「ここじゃ人が多すぎるわね。外へ出ましょう」



ゆっくり話せる環境をつくる為には、一度リバディーを利用してこの男を捕まえてもらう方がいい。


私は意識的に、とびっきり妖艶に微笑んだ。
―――
―――――



バーの中より少しだけ冷えた廊下に2つの人影。


無論、私とジャックだ。




「で?何から知りたい?」


クスリと笑いながらジャックは煙草に火をつける。


その動作を見て、私は顔を顰めた。



「やめて。」


「ん?あぁ、煙草の匂い嫌い?」


「好きではないわ」



というか、その匂いが自分の服につくのが嫌なのだ。


以前仕事相手がヘビースモーカーの男だった時、煙たい匂いをつけて帰ってきた私をシャロンは許さなかった。


よく分からない支配欲からくるもんなんだろうけど、アイツは私に他の誰かの匂いがうつることを嫌う。


しつこく言われているうちに、いつの間にか自分でも抵抗を持つようになってしまった。



「それに、煙草は副流煙の方が有害じゃない。女性の前で吸うなんて…フェミニストみたいだけど、実はそうでもないのかしら」



ジャックは「なるほど、確かに失礼にあたるね」と言い、煙草の火を消す。
「でも、これだと少し口寂しいな」



そしてふと思い付いたかのようにそう言った…かと思えば、慣れた手付きで私の腰に手を回してきた。



「キスでもしてくれたらマシになると思うんだけど」


耳元で愉しげに囁かれ、これは女慣れしてるわ…と再確認する。


この人、さっきここのバーには危ない人が多いって言ってたけど、そう言う本人も十分危ない人よね。


アランは何やってんのよ?バーの外で待ってるんじゃなかったの?


私たち2人以外の気配を感じない。ひょっとして何か用事ができて私を見捨てたとかじゃないでしょうね。……アランならやりそうで怖い。