どうやら強烈な毒が体に回っているらしい。それも、ターゲットにやられたんだ。こいつらの今回の仕事は、犯罪者を拘束することだったはずだ。
「何があった?」


ラスティは俺の問いに答えない。


「オイコラ、聞こえてんのか?放心状態になんのは分かるけどな、今はそれより――」


「うるっせぇよ!なんも分かってないくせに!!」



声を荒げたのはラスティだった。こいつがこんなにも苛立ちを隠していないのを初めて見たせいか、心の中で少し驚いた。



「もう死んだも同然なんだよ!毒が全身に回ってる!後何分持つか分からない!」


苛立ちだけじゃない。悔しみ、悲しみ、憎悪。様々な感情を隠していない。



「ははっ…、知ってるよ、あのタイプの毒。臓器も骨も徐々に溶けていくんだ。苦しみながら死んでいくんだ。想像もできないくらいの痛みと共にね」


ラスティは乾いた笑い声を出しながら、笑顔を造りながら、――泣いていた。


笑いながら泣く。そんな奴、今まで見たことがない。あぁ、ここでは初めてのことばかりだな。




「うっ…あっ…」


ベルの呻き声が、苦しみを告げている。

医者たちももう諦めたのか、動くことを止めた。

時計の針だけが、ただ静かに動く。





「―――殺してよ」


掠れた声でそう言うラスティのヴァイオレットの瞳は、俺を映している。


何を、なんて。誰が、なんて。聞くまでもなかった。
「ベルはこれまで十分辛い思いしてきたんだ。最後くらい、楽に逝かせてあげてよ。ベルはアランのこと気に入ってた。僕じゃ殺せない。アランが、殺って」


ラスティが俺のポケットを勝手に弄り、拳銃を取り出す。そして、震える手でそれを渡してきた。


訓練でしか使ったことのない、人に向けたことなんて1度もない、それを。



俺に殺れって言うのか?

人間を殺したことなんかない。

それでも殺れって言うのか?

俺に?

ベルを殺せって?



“まだ大丈夫なんじゃないか”“もしかしたら最後の最後で解毒剤が見つかるかもしれない”そんな甘い考えが浮かぶ。


でもそんなの、医者ですら諦めているこの状況では難しい。たとえそんな可能性があったとすれば、ラスティだってこんなこと言わないだろう。



俺は奥歯を噛み締め、それを受け取る。


訓練の時よりも重く感じた。


静かに銃口をベルへと向ける。この距離なら十分撃てる。医者も、もう何も言わなかった。



なぁ、何でそんな状態になってんだよ。

いつもみてぇに、クソ生意気な笑顔で何か言えよ。

お前ならどんな犯罪者が相手だろうと、楽勝のはずだろ。



目の前で横たわる餓鬼に、言いたいことは山ほどあった。


でも、声に出したとしても、言葉に出したとしても、きっともう伝わらない。届かない。



引き金を引く指先が、どうしようもなく震えていた。



目を逸らすな。せめてこいつの死だけは、見届けてやれ。


潜在意識がそう告げる。



―――最後に脳裏を過ぎったのは、俺の手を綺麗だと言った時のベルだった。
銃声が3階に響き渡り、呻き声も聞こえなくなった。


目の前にいるのは、血で濡れた少女だった。


医者は黙ってそれを運んでいく。


ラスティは何も言わず、ただそれを見ていた。


俺はベルが見えなくなるまで、目を逸らさずに見ていた。






―――俺が他人の生にこだわったのは、それが最初で最後だ。
《《<--->》》
春が過ぎ
《《<--->》》
夏が過ぎ
《《<--->》》
秋が過ぎ
《《<--->》》
冬が過ぎ
《《<--->》》
再び春が来る


《《<--->》》
そんなことを繰り返して
《《<--->》》
もう4回目



《《<--->》》
素直じゃない女
《《<--->》》
可愛くない女
《《<--->》》
強気な女
《《<--->》》
生意気な女


《《<--->》》
俺の手が綺麗だと言った
《《<--->》》
アイツはもう戻ってこない
《《<--->》》
-trail-
大きな建物の中にある小さなバーの隅。


私はそこで、言われた通り水を飲みながらカウンターに座っていた。



アランはバーの外で待機している。


私はブラッドさんのお兄さんを何とか外に連れ出せばいいだけらしい。後はアランがうまくやってくれる。




アランは平然と自分の過去を話してくれた。


その後、私は黙ってこのバーに入った。同情も慰めもいらないのなら、何も言わないのが一番だ。


ベルちゃんを殺したその日から、アランは自ら殺しの仕事をさせてくれと頼むようになったらしい。


そうしなければベルちゃんを殺した時の感覚を忘れられないような気がした、と。



……人の生って何なのかしら。


死とは程遠い私には、ぼんやりとしか分からない。


少なくとも、誰かの人生に影響を与えるほど、死は重大なこと。


そして取り返しのつかないこと。


それだけはアランの話、そして自分のこれまで見てきた世界を通じて理解できる。
「お客さん、ご注文は?」


不意にバーテンダーが話し掛けてきた。


下手に話すと未成年ということがバレてしまいそうなので、「…今日はあまり飲む気になれないの」と微笑んでおく。


物思いに耽っていたせいか、少し返事に間が空いてしまった。


まぁ、水ばかり飲むのもやっぱり不自然よね。何かするべきかしら…とは言っても、周りには大勢柄の悪い連中がいる。目を付けられるような行動はしたくない。



…っていうか、ここに来てもう半時間程経ってるわよね?ブラッドさんのお兄さんとやらは本当に来るのかしら。



1時間経っても来なかったら帰ってやろう、なんて思いながら水の入ったグラスを揺らす。


カラン、と氷がグラスの壁面に当たる音がした。
―――その時だった。




「Do you mind if I join you?」


後ろからの柔らかい声音と共に、お菓子のような甘い香りがふわりと漂ってくる。


振り向くと、そこには黒髪の美青年が立っていた。


青色の瞳に、無造作な髪。グランジカジュアルな服装がスタイルの良さを際立てている。




「俺の顔、何か付いてる?」


ぽかんとしている私に、青年はクスリと笑った。


そして然りげ無く許可もしていない私の隣に座る。



「ごめんなさい。少しぼーっとしてしまって…」


「別にいいさ、そんなこと。でも俺に見惚れたって言ってくれる方が嬉しいかな」



さらりとそんなことを言う。もしかしたらこの男が…?
「ここにはよく来るの?」


話を転換するようにして、男が問う。



「いえ。今日が初めてです」


「敬語は使わなくていいよ。君とは親密な関係になりたいからね」



職業柄、駆け引きなんかは得意な方だと思っているけれど…こうもド直球な人は珍しい。


いやそれよりも、早く本人確認しなければ。



「光栄なことだわ。貴方の名前は?」


「ジャック。君は?」


「…アリスよ。少し寂しかったから、話し掛けてきてくれて嬉しいわ」



――ビンゴ。