疑問に思い顔を覗き込もうとすると、あからさまにビクつかれた。


「……っ、何よ!?」


強気な口調が返ってきたが、重要なのはそこじゃねぇ。


こいつ、二の腕に何か隠してんのか…?



「…ッ!ちょっと!」


こんな幼い奴を乱暴に扱うのは気が引けるが、この妙な態度は鼻につく。


俺は無理矢理ベルの服の袖を二の腕まで捲った。


―――は…?



「何だこれ…?」


そこには沢山のアザや切り傷があった。


1度殴ったくらいじゃ到底残らないような傷が。



「ベルも僕も、普通の食べ物を美味しいって思えないんだよ。生まれつき残飯とか腐った食べ物しか与えられなかったし」



ラスティはそんなこと何でもないとでも言うかのように不気味な笑顔で。


その笑顔には気味悪さすら感じる。


与えられなかったってのは、親からってことだよな?つまりこの傷も親から…?



「…文句でもあるの?」


ベルは訝しげに俺の手を思いっきり振り払い、俺から距離をとった。



文句はねぇ。お前に文句はねぇが、やっぱ飯は食った方がいい。


「甘いものなら食えるんだろ?今から食堂行くぞ」


「はぁ…?何なわけ?能無しのくせに調子乗らないでよオッサン」


ふざけんな糞餓鬼、俺はまだ15だ。


「ちゃんと栄養あるもん食え」



先輩は化け物だなんだっつってたが、実力は本物だったとしても中身は糞生意気なただの9歳児じゃねぇか。
俺は年上として面倒を見るべきだ。



「おい、お前も行くぞ」


「へぇー、オニーサン意外と萌えるね」



意味の分からないことを言いながらクスクス薄気味悪ぃ笑みを崩さないラスティ。


こいつは大人びてるっつーか…何考えてんのか分かんねぇ奴だな。



「お前ら、トースト食ったことあるか?」


「トーストって…カビ生えてるパンでしょ?嫌、絶対嫌。」



ベルは嫌悪の表情をしながらフルフルと小刻みに首を横に振る。


ったく、こいつら本当にろくな食生活送ってきてねぇな。



「普通のトーストはうめーから食ってみろよ。チョコクリーム塗ったりもできるし、フレンチトーストとかもある」


「チョコクリーム…?」



実際口にしたことはないけど響き的に美味しそう…というような目でベルは俺を見上げてくる。


食に関しては相当無知だな、こいつ。


まずは甘いもの関連から食べさせて、徐々に食事に慣れていってもらうしかねぇ。


可愛くねぇ餓鬼共だが、何かこういうの見てると被るんだよな…昔の自分と。


俺は暴力なんか振るわれなかったが。


隠してるつもりみてぇだけど、よく見ればラスティにも首元にアザや切り傷がある。しかもベルより酷い。服を脱いだら一体どれだけの傷があるのか。



でも一番驚いたのは――こいつらの傷を痛々しいと思える自分がまだいたことだった。
―――
――――――



ベル達兄妹と初めて真面目な会話をしてから1ヶ月になる。


俺はと言うと、…何故かあいつらと毎回食事を共にすることになってしまった。


チョコクリームを塗りまくったトーストを気に入ったらしく、あの日からあいつらは俺によく話し掛けてくるようになった。


なるべく甘いものを教え、とりあえず食事に慣れさせようと思っていた俺。


結果的にあいつらは、甘いものだけじゃなくしっかりした栄養のある物も食べられるようになってきた。


ここの食堂のシェフの料理がうまいっつーのも、あいつらの食生活が整ってきた1つの理由だ。


………そんなこんなで、いつの間にかこの2人の親のような気分になっていた。



「アラン、このじゃーもりぽてと美味しいかも!」


「ジャーマンポテトな」



いつもの食堂、ニコニコと報告してくるベルに適確なツッコミを与える。


試しに俺の好物ジャーマンポテトを3人分頼んでみたんだが、意外と気に入ってくれたみてぇだ。


ラスティはと言えば、いつも俺が勧めた食いモンに対して全くと言っていいほどコメントしない。ただ黙って食ってるだけだ。


でもかなり残していた最初の頃よりは食うようになってきたし、不味いとは思ってねぇはず……



「アランにしてはいい趣味してるよね~」


……そういや、このクソ餓鬼――ベルの俺に対する態度も変わってきている。


妙に馴れ馴れしい…というかまぁ余所余所しくても困んだが、9歳とは思えねぇ生意気さ。



“にしては”ってなんだ“にしては”って。喧嘩売ってんのか。
俺は空になったジャーマンポテトの皿を一瞥し、食堂の無駄に洒落た椅子から立ち上がる。


別に一緒に食べているからといってこいつらが食べ終わるのを待つ必要はない。いつものことだ。


兄妹仲良く2人でゆっくり食べていればいい。俺はこの後また訓練があるし、部屋に戻ってそれの準備でもしておこう。


たまにベルが俺に対してアドバイスとやらをしてくれるが、殆どの場合結果が良くなる。そこがまたムカつく。偉そうな糞餓鬼のくせして知識は幅広い。



「もう行っちゃうわけ?」


ジャンバーを羽織った俺に、珍しくベルが口を出してきた。


いつも俺がどこに行こうと興味なさげなくせに。



「何か用事か?」


素っ気なく答える。ベルは何故か食事をする手を止めた。


「別に、何もない。」


「…そうかよ。じゃあな」


俺は背を向けようとして―――もう1度ベルの方へと向き直る。


……こいつ、若干顔色悪くねぇか?よく見りゃ食うペースもいつもより遅い。

それにベルが俺を呼び止めること自体おかしい。
「………何かあったのか?」


確か昨日の夜は普通だったはずだ。こいつらは危なっかしいから、何かあったなら早めに気付かないと対処できねぇ。



「は?いきなり何?別に何もないよ」


ベルが不審そうに眉を顰める。かっわいくねぇ。


「じゃあ、朝起きてから変わったことあるか?体がだるいだとか、食欲がわかねぇとか」


「別に…あ、でも昨日訓練で走ったせいでちょっとしんどいかも」


それがもし走ったせいじゃなければ、体調が悪ぃっつーことだ。



「3階行くぞ」


「はぁ?なんでよ」


ラスティは俺とベルにじっとりと舐めるような視線を向けながら黙って聞いている。


何か言えよと思ったりもするが、こいつは多分あらゆる物に対しての観察が好きなんだ。褒めるべきことなのかも少し迷うが、他人の趣味に口を出すつもりはない。




「お前、体調悪ぃんじゃねぇのか?」


「別に悪くない。体調管理くらいしっかりしてるつもりだけど?朝起きてから測った時も熱なかったし、しんどいのは昨日の訓練のせいだよ。」


ラスティは気にせず問うと、ベルからはそんな返答。


熱はねぇのか…食べるスピードが遅いのも訓練で疲れたから、もしくは俺の気のせい?


まぁ普通に考えりゃこいつが自分の体調管理を怠るようなことしねぇだろうけど、何か引っ掛かる。
「…じゃあ何で俺を呼び止めた?」


「はぁ?何それ、フツーそんなこと聞く?体調が悪くなければアンタに話し掛けちゃいけないの?」