―――
―――――



ここに来て分かったことがある。


ここの食堂のメニューはどれも旨いとか、エレベーターしか移動手段がねぇとか。


10階建てだとか1フロアだけでも広すぎて困るだとか。


まだ慣れない施設内を徘徊する俺。



「よぉ、アラン!」


「元気かー?」


「今日は9階に行く4人が決められる日なんだぜ!早めに食堂来いよ」



擦れ違い様に先輩達がそんな俺に声を掛けてくる。


顔と名前が一致しない奴もいるが、もう殆どが顔見知りだ。



「オイオイ、アランはまだ9階のことなんか知らねぇんじゃねぇか?」


「そうだっけか?優秀な奴らは9階で過ごすことになるんだよ。お前はまだ新人だけど、あと何年かいりゃなれるかもな」



優秀な奴ら…この組織にとってはどんなことをすれば優秀ってことになるんだろうか。


俺はまだこの組織の全部を把握してるわけじゃねぇ。


多分優秀ってのはつまり、実戦に使えるってことなんだろうな。
「まぁブラッドさんは確実じゃね?元々9階だし」


「優秀組の中の若手がブラッドさんだけになっちまったからなー…世代交代ってとこか?」



言葉選びが上手いお陰か、先輩達の説明はなかなか分かりやすい。


つまり優秀組だったブラッド以外の他の3人は歳がきたから引退ってことだよな?



……ここに来て分かったことの1つに、俺を拾った男――ブラッドについてのこともある。


アイツはとにかく無頓着だし、他人に無関心。


模範的なまでに仕事をこなし、寒気がする程冷たい目をしている。


まるで絶望するだけしきったニヒリストみてぇだ。


感情はあるのか?と疑ってしまう。あんな奴が俺を拾うだなんて可笑しな話だ。




………とは言っても、ブラッドとはあれから会ってない。
―――1週間前。



「………っ」



目を開けると、想像以上に鮮やかな世界が広がっていた。


窓の色、壁の色、家具の色、今いるベッドの色……こんなにも燦然とした色とりどりの世界が今までずっと俺の周りに広がっていたのか、と衝撃を受ける。



「目、覚めましたか?」



隣に座る黒髪の男の瞳は――青色。



「……、…」


「無事成功したみたいですね」



現状を把握するのに数秒掛かったが、確か俺は…言われるがままこの男に付いていき、検査した後すぐ手術をすると告げられたのだ。


俺の目の病気は通常治すどころか治療法すらねぇ病気だった。


しかも栄養不足が原因で、かなり悪化していたらしい。


なのに、治った。



「暫くは休むことをお勧めします」



起き上がろうとする俺にそう言いながら、男は読んでいた本を閉じる。


ここは…何処かの施設か?外からみた限りでは、かなり大きな建物だった。


来る時も思ったが、こいつの言う“組織”ってのはやべぇ組織なんじゃねぇだろうな。



「どういうつもりだ?」


「はい?」



惚けているわけでも言葉遊びをしているわけでもなく、男は問い返してくる。
半信半疑で付いてきた。なのに今、俺は本当に目で周りの色が区別できる。


モノクロの世界なんかじゃない。



反省しよう。俺もどうかしていた。あの時は何故かやたらと現状に嫌気がさしていて、判断力が鈍っていた。


どこか投げやりになっていた。手術とまで言われたのに反抗しなかった。自分の身を放任してどうすんだ。



「……こんなうまい話あるわけねぇだろ。裏でもあるのか?」



そう、問題はここだ。


男の言う組織とやらが純粋に俺の目を治すはずがねぇ。


見ず知らずの他人。しかも金目の物なんて1つも持ってねぇ俺の目を治したって何のメリットもない。



「変なことを聞きますね。裏しかないに決まってるじゃないですか」



……変なことを言ってるのはお前だ。



「金なら、ねぇぞ」


「言ったでしょう?人生を捨てればいいと。治療費は貴方の人生です」



……どういう意味だよ。


俺を海外にでも売り飛ばす気か?
「もっと具体的に言え」


「君はここで働いてください」


「……は?」



働く?ここ…ここっつーのは、今いるこの施設の事か?



「言い遅れましたが、ここは情報管理組織リバディーの本拠地です」



絶句するってのはこういうことか、なんて妙な納得をしてしまった。


リバディー…確かにあの街の近くに本拠地があるのは知っていた。



いやちょっと待て、要するにこの施設はリバディーの連中がいる場所で――


「それから俺はブラッドといいますので、以後お見知り置きを」


――この男はその一員だったのか。



色が見えると、更に浮世離れして見える。


緩いTシャツから覗く白い肌、青みがかった黒髪、冷たい目さえしてなけりゃ…いや、そういう目だからこそ引き出される何とも言えない雰囲気。


確かにタダ者じゃねぇ匂いはプンプンしてる。



「暫くは6階で過ごしてください。訓練も受けさせます」



何も言わない俺に向かってそんなことを言ってくるブラッド。


おい待て、話が急すぎじゃねぇの?訓練って何だよ。



「食事や入浴については6階の連中に聞いてください。部屋は用意していますので、そこへ」


「……俺は了承した覚えねぇ」
「君の意思なんて関係ありません。俺が選んだんですから」



滅茶苦茶だ。あらゆる点において滅茶苦茶だ。


常識って知らねぇのか?……まぁ、そんなもんがあるなら俺に話し掛けてきたりしねぇよな。



「俺達の組織へようこそ、“アラン”」



まるで地獄に誘われているような感覚に陥った。


被害妄想かもしれねぇが、こんな絶対零度の眼差し見てりゃ誰だってそう思っちまう。



「これからはその色の見える目で、俺たちの役に立ってくださいね」



きっとこの言葉には心も何も籠っていない。空っぽの言葉に飾りを付け足しただけだ。


だからそれがブラッド自身の本音なのかは分からねぇ。



……でも何故か、“役に立つ”という言い回しがやたら心に響いた気がした。


それは俺が、これまでの人生を誰の役にも立たずに、親の役にも立たずに、寧ろ邪魔をしながら、生きてきたからだろうか。
―――そして話は今に至る。




先輩達に言われた通り、俺は食堂へ足を運んだ。


いつもの朝食の時間より少し早かったが、それでも既に“優秀組4人の発表”とやらが始まろうとしていた。



『これより、9階へ行く4名の発表を致します』



食堂にマイクを通した声が響き渡る。司会は俺でも見知ったシェフで、配役適当すぎだろ…と思ってしまった。


静まり返る食堂内。




『1人目、Brad』



ザワッ――と一気に騒がしくなった。


「やっぱブラッドさんだよな!」だの「今年からはブラッドさんが優秀組のリーダーか!」という声が聞こえてくる。


ブラッドは何ともない顔をしながら舞台に立つ。


成る程、最初に呼ばれた奴は4人の中のリーダーなのか。……つまりブラッドがリーダーなのか。




『2人目、Rusty』



騒がしい声は止まない。