「なぁにその顔。嫌なら俺がやろっかぁ?」


「…分かったわよ、私がやればいいんでしょう」




こんな奴でも一応私の雇い主。


途方に暮れていた私を拾ってくれた人だ。


危険にさらすわけにはいかない。



それを分かっていて、わざと『俺がやろうか』なんて安い挑発するこいつもこいつだけど。
「そうこなくっちゃねぇ~」


「はぁ…報酬は?」


「んー、1千万でどう?」


「そう、2千万ね。キャッシュでお願い」


「うっわぁ、然り気無く2倍にするとか強欲」


「金銭面に関しては抜かりないわよ、私」




この男は私の所属する組織“クリミナルズ”のリーダーであり、同時に闇医者でもある。


私がこの組織に入ってから、かれこれ数年。



組織と言っても正当なものじゃない。


いわゆる犯罪組織であり、構成員約5000人の大きな犯罪者集団としても知られている。


セキュリティ万全の施設を各国に持ち、様々な国を行き来する。



元々は行き場のない孤児や紛争地域で助けを求めている人々を保護する組織だった。



できた当初のリーダーは今目の前にいる私の雇い主ではなかったし、“クリミナルズ”なんて呼ばれてはいなかったけれど、その活動は既に一部非合法的なものだったらしい。



保護する人数が増えていくに連れて国からの弾圧を受けるようになった為、先代リーダーは戦力を求め、他国の犯罪組織と関わるようになった。



そうして関わっていくうちに、相手側の組織の末端の構成員達がこちら側の組織に逃げ込んでくるようになる。



それが何年も続き、クリミナルズに所属する人々は保護している人数も含めるとかなり多くなった。
目の前にいる私の雇い主は当時クリミナルズが関わった犯罪組織の中の1つに所属していた子供で、それなりの地位にいた。


その組織は厳しく、彼にとっては地獄のような日々だったらしい。


彼は組織を裏切りその戦力の殆どを盗み取ってクリミナルズへと亡命。


国もとうとうクリミナルズを弾圧できなくなり、組織は急速に成長していった。


それも、新しい“犯罪組織”という形で。


保護した子供は、15歳以上になると組織の利益になる任務をこなして報酬を貰うようになる。慣れてくると、今度は自分で自由にお金を稼ぐ。


組織の中ではそんなスタイルが当たり前になり、今や世界的にも知られるような組織になった。


目の前の男は先代リーダーが亡くなった後、その跡を継いだ。





私は他のメンバーとは少し違って、主にスパイ活動をしている。



この施設に集まった人間の殆どは個人で金を稼いで過ごしている。


組織に関わる重要な任務を課せられるのはほんの一握り。



その中の1人である私は、スパイ活動をすることによってこの男から金を得ることができるのだ。





「まぁ俺的にはー、仕事内容を聞かずに受け入れるのはよくないと思うなぁ」



ふと、男が愉しげに笑った。
「何よ、そんなに危険なの?」



危険な仕事なんて今まで散々やってきた。


今更何が来ようとどうってことない…はずなのだけど。



男の深い笑みに不安が煽られる。


手の施しようがないくらいに趣味の悪いこの男のことだ…ろくな仕事を頼んできやしない。





「今回は、――リバディーに潜入してほしいんだよね」



……ほら、思った通り。




「悪趣味も甚だしいわね」




少し違うけれど、広い意味ではリバディーも国立組織の1つ。


基盤は秘密警察であり今では残酷な事件等を取り締まる若者達の組織として発展している。


ただ違うのは、子供達の選択肢の中にあっても実質9割は入れないという点。


情報収集を主とし、犯罪者の殺しなどもしている組織。


他国、特に日本での事件にも関わることがあり、この国と日本の関係が急速に濃くなっていくにつれて、リバディーが日本国内に出入りすることも多くなっているらしい。
他国にまで手が及んでいるリバディーは、世界中の犯罪者達にとって恐怖の対象だ。


あらゆる意味で私からしたら敵組織。




「下手すれば逆にこっちの情報を盗られるかもしれないわよ」


「下手しなけりゃいい話だよぉ」


「あなたがオプティミストだなんて初めて知ったわ…」


「アリスならやってくれるでしょ?向こうには昔俺と揉めた奴がいるしぃ、俺のこと会うたび殺そうとしてきて迷惑なんだよねぇ。そろそろうざったくって」



なかなか顔面に似合わない発言をしてくれるものだ。


『うざったくって』より『お花が綺麗だね』の方が似合う。




「そんだけ俺を嫌ってる奴が俺の可愛い飼い猫ちゃんにスパイとして潜入されてるって思うと、マジ笑えてこない?」


「私、貴方の娯楽の為だけに生きてるつもりはないのだけれど…」
私は大抵どんな仕事でも金の為なら軽々と受け入れるし気にもならない。


リバディーへの潜入が嫌なのは、単純に敵組織だからという理由じゃない。




「やっぱ嫌だったりするぅ?あの3人がいる組織に潜入って」



――“あの”3人。


知り合いでもないし会ったこともない。


それでも、知らない人などいない。



こっちの業界では最も危険と言われている人たちだ。


たった3人だけで1つの組織を潰せるような奴ら。


それがリバディーに所属している。



「当たり前じゃない。厄介事を押し付けないでくれるかしら」


「あれれ、もしかして怖いのぉ?」



他の奴に言われても感心すら持てない安い挑発だけど、こいつが言うと話が変わってくる。



それは私の心を苛立たせるには十分だった。
「…もういいわ。リバディーだろうがなんだろうが潜入してあげる」


「あっは、これだからプライド高い女はイイよねぇ。ズタズタにしてやりたくなる」




またもや似合わない言葉を吐くその口内に、指でも突っ込んでやろうかという衝動に駆られてしまう。


無論、そんなことをすれば逆にこちらがどうなるか分からないからやらないけれど。




「細かいことが決まればまた呼んでくれるかしら。今夜は眠いの」



というのは口実で、本当はさっさと部屋に戻りたいだけ。



「ふぅん、一緒に寝てあげよっかぁ?」


「結構よ」




―――と。


顔色1つ変えなかった私が気に食わなかったらしく、気だるそうに立ち上がる男。
少女のような顔立ちのくせに、立ち上がると私よりも身長が高い。


私と同じダークブラウンの瞳が見下してきた。



「つっまんなぁい」



彼の手が、腰まで垂れている私の長い髪に触れる。



「何よ、鬱陶しい」


「綺麗な金髪だよねぇ。宝石みたい」


「髪を宝石に例える貴方が本気で謎だわ」




私の言葉を聞いた彼は、更に謎の微笑を唇に漂わす。



そして――…その唇で、そっと私の髪にキスをした。




僅かに顔を歪めた私を見逃さず、唇を耳元に近付け、そのまま囁く。




「好きだよ…俺の可愛い雌犬」



だらしなく甘ったるい声音が鼓膜に響き、私は少し溜め息を漏らした。