1人残された私はグラタンを味わいながら他のリバディーのメンバーを一瞥した。



私はただシャロンの元で働いて、今もこうしてスパイ活動をして。


シャロンが私を生かしてくれる。


私は今――シャロンに頼らないと逃げられない。



煮え切らない感情を押し殺そうとピラフを一口飲み込んだ次の瞬間、








「―――動くな!!」



唐突に、本当に唐突に。


舞台にいた男が声を荒げた。



一瞬何が起きたのか分からず、状況を理解するのに数秒掛かったのだが。


ジャズバンドの団体の5人ほどが拳銃を片手に持っていることによりただ事ではないことはすぐに分かった。
しかも声を荒げた男の隣には――気絶しているニーナちゃんがぐったりともたれ掛かっている。



そのこめかみには銃口を突き付けられていて、焦燥感が一気に全身を走った。




「この女は人質だ!変な真似しやがったらすぐ殺すぞ!!」



―――しまった。


何をやっているの私は。


付いていかないにしても、目を離すべきではなかった。



周りも焦っているようで緊迫した空気が食堂内を包み込む。



「……何が目的だ?」




と。食堂の入り口近くから殺気立った声が響いた。


視線だけそちらへ向ければ、それは人質がいるせいで動けないアランで。



ニーナちゃんに銃口を向けている男は大きな声でこう言う。



「“ブラッド”はどこだ!?」
その名前を聞き、私は妙な動きだと思われない程度に周囲を探す。


ニーナちゃんを人質に取った挙げ句、何故かは知らないけれどブラッドさんに用があるらしい怪しい集団。


人質がいるせいでアランどころか誰も手出しできない状況だ。


どうするのよ、と敵組織のことなのにこっちまで焦ってしまう。




「俺ですが」



見当たらない、と思ったのもその筈。


ブラッドさんは存外近く――私が座っている席の斜め後ろにいた。



要するにニーナちゃんと団体、そしてブラッドさん…それぞれの一番近くにいるのは私。



アランは遠すぎて手出しをするのは困難だろうし、ラスティ君は明け方まで出掛けている。



私が何とかして隙をつくることができれば…。



あいつらは人質がいなくなると自分達が危険になることを理解しているはず。


だからニーナちゃんを殺すことはないと思う…けど、下手に動くのもよくない。



「こいつか?」


「黒髪にブルーの瞳…間違いないな」



ジャズバンドの集団はブラッドさんが本人であることを確認し、安っぽい縄を取り出した。
「大人しく俺たちについてこい。そうすりゃこの女は解放してやる」



どうやらブラッドさんを殺そうとしているわけでもなさそうだ。


どこかへ連れ去るつもり?何の為にブラッドさんを?……疑問は沢山浮かんでくるけれど、今はそんなことどうでもいい。



「何故俺を?誰かの命令ですか?」


しかしブラッドさんは場にそぐわない程冷静に団体へ質問し始めた。


よくもまぁそこまで焦らずいられるわね…。



「今は関係ない。黙れ」


「元々俺が目的で演奏しにきたんですか?…いや、それなら朝からこうしているはずですね」


「いいから黙ってついてこい」


「夜の演奏まで何もしなかったということは、今日外部の人間に雇われた…それも昼から夜の間に」


「………」


「道理で下手なやり方をするわけですね。計画が中途半端なうえ慣れていない証拠です」


「あぁ!?」


「銃も元々持っていたわけではなくこの施設内から盗んだものでしょう?」


「……っ」
「雇う人材もこれからは厳重に選ばないといけませんね。こんな間抜けなことをするとは…しかも集団で」


「うるせぇ!こっちはお前を捕まえるだけで大金貰えんだよ!!」



ジャズバンドの団体の男の1人が、雇われたことも金に釣られたことも自ら暴露している。


ブラッドさんは酷く冷たい視線を団体に送った後、思い出したように溜め息を吐いた。





「あぁ…それから、銃の管理を怠った方々にはお仕置きですね。盗まれなければこんなことにはならなかったかもしれませんし」




銃は団体全員が持っているというわけでもないが、分かる限り5丁は盗まれている。



後ろで何人かが「俺じゃねぇよな…?」と小さく焦りを含んだ声を出した。



優秀な3人のリーダーであるブラッドさんから“お仕置き”…とは、洒落にならない怖さ。
「……ッの野郎!」



ブラッドさんの冷静な態度は舐められているようで気にくわなかったのだろう。



今度は別の銃がブラッドさんの肩へと向けられ――引き金が引かれた。




「――――っ、」



咄嗟に床を蹴りブラッドさんの前に立ちはだかる。



声にならない悲鳴を上げたのはブラッドさんでも、ましてやニーナちゃんでもない。






―――ブラッドさんを庇い、左胸の上部を撃たれた私だった。




ギリギリ急所ではなかったとはいえ、拳銃で撃たれたのだ。左胸に走る強烈な痛みに冷や汗が出てくる。



まずい、かなりまずい、下手に動かないって決めていたのに。


いきなりすぎて後先考えず体が動いてしまった。




「……っ」


血が滴り落ちていき、折角綺麗なダイニングルームの床を染めていく。
ブラッドさんは今どんな表情をしているんだろう。


予想外の出来事に驚いているか、勝手な真似をした私に怒っているか。



でもここまで来たら戻れない。



私は再び力一杯床を蹴り、ニーナちゃんの方へ全速力で走る。



「な、何だこの女…!」


「撃て!!早く!!」



1発、2発、3発――身体に当たってはいるけれど、どれも急所に当たらない。


ブラッドさんが言う通りこの人たちは今日初めて雇われただけであって、戦闘に慣れていないうえ銃もろくに扱ったことがないんだろう。


ニーナちゃんを人質に取っていた男が慌てて私に銃を向けたと同時に、足で男の腹に蹴りを入れ、気を失っている彼女を奪い庇うように抱き締めた。



足首を撃たれたせいでバランスを崩したけれど、何とかニーナちゃんの上に覆い被さり彼女だけは撃たれないよう守る。



そんな私の背中は既に何発も撃たれており、流石に意識が朦朧としてきた。
―――が、人質がいなくなったということは、この場にいるリバディーのメンバー全員が動けるということ。





次の瞬間銃声と共に鮮血が飛び散る。



しかしそれは私への銃撃でも私の血でもなく、それぞれ団体への銃撃、団体の男たちの血だった。




「やっぱり…プロは違うわね」



血塗れの状態でこんなことを言うのも滑稽だろうけど。


何発撃っても私の急所に銃弾を当てられなかった奴等と違って、アランは1発で確実に男たち1人1人に重傷を負わせていく。




「っ、」


ぼんやりと眺めていると再び激痛が走り、意識が飛びそうになった。
いっそ気絶できたら嬉しい。



ニーナちゃんの可愛らしいニットカーディガンに血が垂れてしまい申し訳なくなる。