そして黙々とチーズフォンデュを食べ出したので、何かまずいことでも言っただろうかと考えるハメになった。
お喋りが大好きそうなのにあのタイミングで黙るということは…私が的外れなことでも言ったのかもしれない。
「ひょっとしてさっきの発言って、ラスティ君の体験談に当てはめてたりするのかしら」
確証はないけれど試しに鎌を掛けてみる。
『本当に大切な人が死んだら忘れられないもんだよ』って、なんだかそういう経験があるみたいな言い方だしね。
「………勘鋭いね」
当たりか。ラスティ君はミルクココアを口に流し込んでから視線だけを此方に向けた。
「ふーん。大切な人がいたの?意外だわ」
「僕ってそんな血も涙もない男に見えてるのかな?」
心外だとでも言うように肩を竦められ私はクスリと笑う。
「他人の過去の傷を抉るつもりはないけど…交通事故か何か?」
「まさか。――殺されたんだよ、極悪犯罪者にね」
刹那、周囲の温度が一気に下がったような気すらする程に身の毛がよだつ。
ラスティ君の目が酷く冷たいものに変貌し、声もワントーン下がった。
聞かなければ良かったかもしれない…なんて思っても既に遅く。
「僕って物凄く寛大だと思わない?妹を殺したような奴を今の今まで野放しにしておいてあげてるんだからさぁ…しかもそいつを捕らえるためだけにこんな糞みてぇな馴れ合い連中の集まりの中でずっと我慢してるんだよ?まぁなかなか面白い任務もあるからいいんだけどねぇ?善人面して気を使いあって他人に合わせる…それが集団生活ってもんみたいだけどさ、僕はそういうのマジで萎える。もっとあいつらの奥の奥に潜む醜くてドロドロした一面が見たいと想い続けてる。そうすればちょっとは萌えられそうじゃん?でもそんな機会なかなか無いし、最近刺激が足りなかったんだよね。だーかーら、君が来てくれてスッゴク嬉しい」
つい言ってしまったのかわざと漏らしたのかは定かではないけれど、死んだ大切な人というのは妹のことのようだ。
前半は笑みを消していたのに、直ぐニヤニヤ笑いながらこの組織への不満を言い出した。
「……掴めない人」
心の奥底で何を考えているのか分からない、シャロンタイプの不気味さがある。
私は最後にミルクを飲み干し、椅子から立ち上がった。
「ん?どこ行くの?」
「部屋に戻るのよ。もう食べ終わったし」
さらりと言って立ち去ろうとした私の手をラスティ君が掴む。
「……何?」
「あのさぁ…」
言葉を選ぶような素振り。
「僕ともっと一緒にいたいとか思わないの?」
一瞬ふざけてるのかと思ったけれど、本人は至って真剣のようで。
この言葉は単純な疑問なのか“一緒に居てほしい”という感情表現なのかが見極めにくい。
「貴方は一緒にいたいの?」
直球で聞けば何故かムッとされた。
「アリスちゃんはいたくないんだ?」
「…だって、もう話は聞いたもの」
「そうじゃなくてさ、もっとこう…僕個人と話したいとか思わないの?」
「思わないわね」
「……むー」
ベラベラと情報を漏らしてくれたおかげでラスティ君のお皿にはまだチーズフォンデュもクロワッサンも残っている。
私はそれを少しだけ勝手に摘まみ食いし、にこりと微笑んだ。
「美味しかったわ、ありがとう。…勿論奢ってくれるのよね?」
自費で食べるつもりなんて最初からなかったし、今更奢らないなんて言わせない。
「オネーサン悪女ー」
「誘ったのはそっちでしょう?」
「……」
ほらね、私みたいな人間を舐めてると痛い目見るのよ。
―――お昼過ぎ。
仕事部屋に呼び出され、書類の整理を頼まれた。
ブラッドさんは右奥のデスクで自ら淹れたらしきホットココアを飲みながらパソコンを打っている。
一方で、ソファーベッドの上で横になり今にも寝てしまいそうになっているアラン。
「ラスティ君はいないの?」
率直な疑問をぶつけると、アランは寝転がったまま視線だけこちらに向けた。
何故か口元にはにやつくような笑みを浮かべている。
「気になんの?」
何だかとても面倒な発想をされてしまったようで憮然とする私。
「1人だけいないんだから気になるわよ」
「随分仲良くなったじゃねぇか。朝も一緒に飯食ってたろ?」
「それが何?」
アランは愉しげに、そして興味をそそられているかのように、目を細めヘッドフォンを外した。
「ラスティに気でもあんのか」
「ニヤニヤしないで。そんなわけないじゃない」
「趣味悪ぃ女」
「……そうね、ラスティ君も貴方よりはマシだと思うけど?」
他に座るところがないので、仕方なく空いているデスクを借りることにした。
まったく…勝手な妄想で話を創らないで頂きたいところだわ。
「おい、そこは俺の席だ」
「使わないならどれだけ所有権を主張しようと意味がないでしょう?」
何か文句を言いたげなアランを無視して作業に取り掛かる。
その間もブラッドさんの席からはキーボード独特の音が続いていた。
「……つまんねぇ。俺は寝る」
どうせなら何も言わずに寝てくれると嬉しいんだけれど…。
漸くちょっかいを出してくる迷惑な男も静かになり私は大量の書類を一生懸命纏めた。
勿論興味深いものや役立ちそうな情報が書いてあるものは、脳内でメモをしておく。
「ラスティは明け方まで仕事です」
―――と、唐突にキーボードの音が止み、声を掛けられた。
声の主は無口な印象のあった彼。
私は思わず瞬きを数回し、返事をするのになかなか時間が掛かってしまう。
「……あぁ、そうなの」
話を聞いていないだろうと勝手に思い込んでいたけど…なかなか親切な人ね。
お礼を言うタイミングを逃してしまった気がする。
「書類はどこまで進みましたか?」
「ごめんなさい、まだ半分も終わってないわ」
「今日は多いですしね」
カップを口元へ持って行きホットココアを飲む仕草すら優雅に見える。
いや、それよりも。
「…眼鏡なんて掛けてたかしら?」
確か昨日の夜会った時は掛けていなかったように思う。
疲れきっていたようだし、寝る直前だったからかもしれない。
「仕事の時だけです」
と言いつつその細く綺麗な指で眼鏡を外すブラッドさん。
ソファーベッドではアランが規則正しい静かな寝息をたてている。
「……こっち、来てください」
計算なのかそうでないのかの判断が非常に困難な、危ない上目使い。
何のつもりで私を呼んでいるのかすら予想できない。
「どうしたの?」
でもアランと違ってこの人は良い情報源になりそう。
そう思いながらも立ち上がってブラッドさんのデスクに近付いた―――その瞬間。
「……っ」
予想外すぎてうまく力が入らず、結果的にブラッドさんへ体重を預けることになってしまった。
お喋りが大好きそうなのにあのタイミングで黙るということは…私が的外れなことでも言ったのかもしれない。
「ひょっとしてさっきの発言って、ラスティ君の体験談に当てはめてたりするのかしら」
確証はないけれど試しに鎌を掛けてみる。
『本当に大切な人が死んだら忘れられないもんだよ』って、なんだかそういう経験があるみたいな言い方だしね。
「………勘鋭いね」
当たりか。ラスティ君はミルクココアを口に流し込んでから視線だけを此方に向けた。
「ふーん。大切な人がいたの?意外だわ」
「僕ってそんな血も涙もない男に見えてるのかな?」
心外だとでも言うように肩を竦められ私はクスリと笑う。
「他人の過去の傷を抉るつもりはないけど…交通事故か何か?」
「まさか。――殺されたんだよ、極悪犯罪者にね」
刹那、周囲の温度が一気に下がったような気すらする程に身の毛がよだつ。
ラスティ君の目が酷く冷たいものに変貌し、声もワントーン下がった。
聞かなければ良かったかもしれない…なんて思っても既に遅く。
「僕って物凄く寛大だと思わない?妹を殺したような奴を今の今まで野放しにしておいてあげてるんだからさぁ…しかもそいつを捕らえるためだけにこんな糞みてぇな馴れ合い連中の集まりの中でずっと我慢してるんだよ?まぁなかなか面白い任務もあるからいいんだけどねぇ?善人面して気を使いあって他人に合わせる…それが集団生活ってもんみたいだけどさ、僕はそういうのマジで萎える。もっとあいつらの奥の奥に潜む醜くてドロドロした一面が見たいと想い続けてる。そうすればちょっとは萌えられそうじゃん?でもそんな機会なかなか無いし、最近刺激が足りなかったんだよね。だーかーら、君が来てくれてスッゴク嬉しい」
つい言ってしまったのかわざと漏らしたのかは定かではないけれど、死んだ大切な人というのは妹のことのようだ。
前半は笑みを消していたのに、直ぐニヤニヤ笑いながらこの組織への不満を言い出した。
「……掴めない人」
心の奥底で何を考えているのか分からない、シャロンタイプの不気味さがある。
私は最後にミルクを飲み干し、椅子から立ち上がった。
「ん?どこ行くの?」
「部屋に戻るのよ。もう食べ終わったし」
さらりと言って立ち去ろうとした私の手をラスティ君が掴む。
「……何?」
「あのさぁ…」
言葉を選ぶような素振り。
「僕ともっと一緒にいたいとか思わないの?」
一瞬ふざけてるのかと思ったけれど、本人は至って真剣のようで。
この言葉は単純な疑問なのか“一緒に居てほしい”という感情表現なのかが見極めにくい。
「貴方は一緒にいたいの?」
直球で聞けば何故かムッとされた。
「アリスちゃんはいたくないんだ?」
「…だって、もう話は聞いたもの」
「そうじゃなくてさ、もっとこう…僕個人と話したいとか思わないの?」
「思わないわね」
「……むー」
ベラベラと情報を漏らしてくれたおかげでラスティ君のお皿にはまだチーズフォンデュもクロワッサンも残っている。
私はそれを少しだけ勝手に摘まみ食いし、にこりと微笑んだ。
「美味しかったわ、ありがとう。…勿論奢ってくれるのよね?」
自費で食べるつもりなんて最初からなかったし、今更奢らないなんて言わせない。
「オネーサン悪女ー」
「誘ったのはそっちでしょう?」
「……」
ほらね、私みたいな人間を舐めてると痛い目見るのよ。
―――お昼過ぎ。
仕事部屋に呼び出され、書類の整理を頼まれた。
ブラッドさんは右奥のデスクで自ら淹れたらしきホットココアを飲みながらパソコンを打っている。
一方で、ソファーベッドの上で横になり今にも寝てしまいそうになっているアラン。
「ラスティ君はいないの?」
率直な疑問をぶつけると、アランは寝転がったまま視線だけこちらに向けた。
何故か口元にはにやつくような笑みを浮かべている。
「気になんの?」
何だかとても面倒な発想をされてしまったようで憮然とする私。
「1人だけいないんだから気になるわよ」
「随分仲良くなったじゃねぇか。朝も一緒に飯食ってたろ?」
「それが何?」
アランは愉しげに、そして興味をそそられているかのように、目を細めヘッドフォンを外した。
「ラスティに気でもあんのか」
「ニヤニヤしないで。そんなわけないじゃない」
「趣味悪ぃ女」
「……そうね、ラスティ君も貴方よりはマシだと思うけど?」
他に座るところがないので、仕方なく空いているデスクを借りることにした。
まったく…勝手な妄想で話を創らないで頂きたいところだわ。
「おい、そこは俺の席だ」
「使わないならどれだけ所有権を主張しようと意味がないでしょう?」
何か文句を言いたげなアランを無視して作業に取り掛かる。
その間もブラッドさんの席からはキーボード独特の音が続いていた。
「……つまんねぇ。俺は寝る」
どうせなら何も言わずに寝てくれると嬉しいんだけれど…。
漸くちょっかいを出してくる迷惑な男も静かになり私は大量の書類を一生懸命纏めた。
勿論興味深いものや役立ちそうな情報が書いてあるものは、脳内でメモをしておく。
「ラスティは明け方まで仕事です」
―――と、唐突にキーボードの音が止み、声を掛けられた。
声の主は無口な印象のあった彼。
私は思わず瞬きを数回し、返事をするのになかなか時間が掛かってしまう。
「……あぁ、そうなの」
話を聞いていないだろうと勝手に思い込んでいたけど…なかなか親切な人ね。
お礼を言うタイミングを逃してしまった気がする。
「書類はどこまで進みましたか?」
「ごめんなさい、まだ半分も終わってないわ」
「今日は多いですしね」
カップを口元へ持って行きホットココアを飲む仕草すら優雅に見える。
いや、それよりも。
「…眼鏡なんて掛けてたかしら?」
確か昨日の夜会った時は掛けていなかったように思う。
疲れきっていたようだし、寝る直前だったからかもしれない。
「仕事の時だけです」
と言いつつその細く綺麗な指で眼鏡を外すブラッドさん。
ソファーベッドではアランが規則正しい静かな寝息をたてている。
「……こっち、来てください」
計算なのかそうでないのかの判断が非常に困難な、危ない上目使い。
何のつもりで私を呼んでいるのかすら予想できない。
「どうしたの?」
でもアランと違ってこの人は良い情報源になりそう。
そう思いながらも立ち上がってブラッドさんのデスクに近付いた―――その瞬間。
「……っ」
予想外すぎてうまく力が入らず、結果的にブラッドさんへ体重を預けることになってしまった。