「…行かない」
「は?雫玖のだぞ。何言って…」
「うるさい、仕方ないじゃん」
「仕方ないって何がだよ」
ロッカーにある現文の教科書を取りに行こうと立ち上がると、逃がさないと言わんばかりに腕を掴まれる。
「もっ、痛い!」
「海!」
うるさい、うるさい。
これ以上喋らないで。
これ以上思い出させないで。
少し力が緩んだ隙に振り払い、廊下へと出る。
後ろから懲りずに追いかけてくる空人を見て泣きそうになる。
「おい、海!」
もうすぐ始まりのチャイムが鳴るっていうのに、忘れているのか気にしていないのか諦めずに追いかけてくる空人に、私が諦めた。
立ち止まったのは、前によく溜まってた人が滅多に来ない体育館に繋がる階段下。
「……海、」
「うるさいもう…。そんなに名前呼ばなくても聞こえてる」
「お前が無視するからだろ」
朝晩は冷え込むようになってきたとはいえ、まだ昼間は汗をかくくらい暑い夏の終わり。
案の定私も空人も汗をかいていた。