「あなたが……白兎、さん?」
「しまっ……!!」

 やっぱり。
 私の耳は、おかしくなったわけじゃなかったんだ。

「はぁ……。まぁ、そういうことだ。俺が読み聞かせ配信者の、白兎だよ。いつも応援してくれてありがとうな。実はな……。チェリブロさんが作家の華月桜さんだっていうの、ずっと前から分かってたんだ」
「は……えぇぇぇっ!?」

 何で!?
 チェリブロの時に華月のこと話したことはないんだけど!?

「え、えっと、何で……」
「三点リーダー使ってたり疑問符と感嘆符の後に一マス開けたりする作家の特徴があったし、発言が独特だからな。ちなみに、この部署にその華月桜さんがいるっていうのもわかってた」
 個人情報どこいった!?

「俺、華月桜さんの作品、すごく好きでな」
「へ?」
「デビュー作読んで感動して、そこからずっと推してる」
「推し!?」

 推しが……推してくれていた、だと!?

「ていうか、望月桜からPNが華月桜、華月桜の桜からチェリーブロッサム、そこからチェリブロに略してHNにするとか分かりやすすぎだろ」
「うぐっ」
 仕方ないじゃない、名前考えるの苦手なんだから。

「でも、推しが自分の配信毎回リアタイで聴いてくれて、同じ思いでコメントくれてさ、すごく嬉しくて、おまえがいるから、俺、本社からこっちに異動させてもらったくらいなんだから」
「えぇ!? 美沙さんとの縁談のためにこっちに来たんじゃ……?」
「はぁ!? んなわけないだろ!? お前のそばにいたいから、親父に頼み込んでこっちに異動させてもらったんだか……あ……」

 私のそばにいたいから?
 え、待って、えっと、いろいろ追いつかない。
 白兎さんが、部長で、部長は私のこと知ってて、こっちに来たのは美沙さんとの縁談のためじゃなくて、私と……いたいから?
 脳が、脳がショートして暴走起こしそう。

「……俺の親父はこの会社の社長で、ずっと本社で修行してたんだよ。将来のために。でも、それよりもおまえの傍に行きたかった。憧れだった推しの華月桜さんに、ずっと見守ってくれて力をくれたチェリブロさんに、いつも一生懸命な望月桜に、俺は惹かれてる」
「ふぁっ!?」

 キャパオーバー!!
 情報量多すぎて処理しきれない!!

「ちょ、ま、待ってください!! 美沙さんじゃないなら、律は!? 律と付き合ってるんじゃ……」
「やめろ。絶対無理だ」

 全否定!?
 すごく親しげだったし、律もため口で接するから私はてっきり律と付き合っているものと思ってたんだけど……。

「あれはな、俺の妹だよ」
「妹ぉぉぉおお!?」
 嘘!? 似てない!!

「名字!! 名字は!?」
 確か主任が柚月、律は麻木。
 名字が全然違うじゃないか。

「は? あいつ、おまえに言ってないのか?」
「へ? な、何を……?」
「……あいつ、学生結婚して、旧姓が柚月なんだよ」
「はぁぁあああ!?」

 聞いてない!!
 て、そんな話することすらなかったけど。
 じゃ、じゃぁ律が部長と親しげだったのは、兄妹、だったから?

 なんか、一気に気が抜けてきた……。

「俺が好きだと思うのは、ずっと前から名前は違えどお前なんだよ」
「!! そ、そんな、えっと、でも」
 こんな時なんて言っていいのかわからない。

 声を聴いて幸せな気持ちになるのも、顔を見て嬉しくなるのも、他の女の人と一緒にいてモヤモヤしてしまうのも、全部きっと部長にだけだ。
 その意味は、わかってる、はずなのに。

「はぁ……。わかった。お前にはこっちの方が効きそうだな」
「へ? ひゃぁっ!?」

 突然引き寄せられ、部長の顔が私のすぐ近くになる。
 そして耳元に唇を寄せ、囁いた。

「好きだ。お前のことが」
「~~~~っ!!」

 ずるい。そんなの。
 そんな良い声で言われたら……。

「け……賢者タイム、入っていいですか……」

 二人の仲が強制的に進展させられるのは、賢者から抜け出してすぐのこと──。

END