時夫は会社に1年間の休職届けを出した。晴絵との残り少ない時間をできるだけ有意義に過ごしたかった。蓄えは十分にあったので、生活のために働く必要は殆どなかった。むしろ残り少ない時間のために使いたかった。まず考えついたのは晴絵が行きたいところへ旅行することであった。晴絵が希望しているところはイタリアであった。一月かけてイタリア全土を旅した。デザインを専門としていた晴絵にとって、イタリアは絵画・彫刻・建築の宝庫であった。至るところに芸術作品が住民の生活と一緒に存在していた。晴絵はとても幸せそうであった。一ヶ月はあっという間に過ぎてしまった。旅の最後に時夫が行きたいところがあった。イギリスのロンドンにあるあの骨董店である。勇の家の玄関にある鏡と対になっているあの鏡を見たかった。晴絵に見せたいと思った。

 晴絵は感慨深そうに鏡を見つめていた。晴絵が鏡に触れた瞬間晴絵の体が鏡の中に吸い込まれていった。驚いた時夫は後を追うようにして鏡に中に吸い込まれていった。時夫は気がついたら勇の家の玄関の鏡の前の床の上に横になっていた。立ち上がってリビングの方へ向かって行くとソファーの上に晴絵が横になって眠っていた。勇がテーブルの方へコーヒーを運んできた。
「びっくりしたよ。すごい物音でいつもより早い時間に起こされたよ。時夫は玄関の床に寝ていて、晴絵さんはソファーに寝ていたんだけれど一体何があったんだい。この鏡を通って来たことは間違いないだろうけれど」
時夫はロンドンの骨董店でのことを話した。
勇はぽつんと鏡を見つめながら言った。
「また、この鏡のことで不可解なことがでてきた」

時夫と晴絵は担当医の前に座っていた。担当医はCTスキャナの画像を驚いた様子でみながら話しだした。
「本当に驚いたことです。信じられないことです。腫瘍が一つも見当たらないんです」