素晴らしい朝であった。眩しい陽の光が駅に向かう時夫全体を照らしていた。時夫が歩いている歩道を照らしている陽光は、車が行き交う道路も歩道にそって立ち並ぶ店のショウ・ウィンドウも照らしていた。炸裂した光の飛び交う歩道の向こう側から人影が少しずつ大きくなって来るのが見えてきた。やがてその人影がいつも朝行き会う女性の人影であることに気がつくのにさほど時間はかからなかった。その人影が徐々に大きくなり顔の輪郭がはっきりしてくるにつれてその顔にいつもの笑顔がないことに気がついた。沈鬱な顔は、時夫にまったく気が付かない様子に思えた。今まさにすれ違うところまで近づいたとき、彼女の顔が一瞬のうちに消えて見えなくなったかと思うと同時に鈍い音が聞こえてきた。
 時夫は一瞬何が起きたのか理解できなかった。しかし彼の面前に飛び込んできたのは、歩道のアスファルトの上に倒れている彼女の姿であった。時夫は歩道に倒れている彼女のもとに近づき身をかがめて彼女に話しかけたがなんの反応もなかった。時夫は携帯を取り出して救急車を呼んだ。
 
時夫は病院の待合室の椅子に腰掛けながら携帯で会社に事情を説明し終わった時、時夫に向かって一人の医師が歩いてくるのに気がついた。
「救急車に同乗して病院まで付き添ってくれた方ですか」
医師の問いかけに頷いた。
「どういう関係ですか」
「出勤途中の家から駅まで歩いて行く間に行き交うことがよくあるんですが、ただそれだけです。今日もたまたますれ違ったんですが、その時急にわたしの前で倒れたのです。」
「そうですか。いまだいぶ回復して元気になっています。簡単な検査では特に異常は見当たらないのですぐに退院できると思います。ただ一言お礼が言いたいそうなので帰る前に病室によってくれませんか」

 病室の扉を開けると、彼女は体を起こして、誰かが来るのをずっと待ちかねていたように入口の方を見つめていた。時夫が入ってくるのを見ると彼女は深々とお辞儀をした。
 「武田晴絵ともうします。この度は本当におせわになりました」
 「五十嵐時夫と言います。元気になってよかったです」
 「後でお礼をしたいと思いますので、連絡先だけ教えてくれませんか」