「一緒に行きませんか」声を龍太郎に掛けてきたのは由美であった。由美は質問した。「相馬さんはどんな人なんですか」龍太郎はボソボソと語りだした。「初めて精神病院と出逢ったのは18歳の頃だった。九州から東京へ上京してきて病気になって入院になり。両親も兄弟もなく親戚にも見放されて。とうとう退院することが出来なくなった。退院してグループホームでの生活になり2年目かな。全く人との会話は拒んだ。ひとりで毎日。読書にあけくれたよ」龍太郎は口が精神薬の副作用で乾くとちょっとろれつが回らくなるがなんとか言葉を続けた。
「由美ちゃんはどんな感じの女性」
「私。古風なんですよ」
 川口学のミニライブ会場は病院の隅っこに位置している体育館である。龍太郎と由美は次第に打ち解けていった。
「やあ」声を掛けてきたのは入院歴50年の森山さんである。毎日将棋ばかりやっている。手には駒を打つ手に大きな豆の跡が付いていて固くなっている。
「森山さん。退院しないのか」
「もう死ぬまでここでご臨終だよ」と笑顔で答える二人に安堵感を覚えた由美である。
森山さんが「ところで、学生さん。彼氏は」
「いませんよ」
「そうか」
由美は顔を赤らめて「私。川口学のミニライブと聞いてビックリしました。私、ファンのひとりなんです」その会話を聞いた。入院歴5年の今田君25歳が「今から、楽屋に連れて行くよ」今田君は幻聴がひどくたまに大きな声で幻聴さんとお話をする病院内では有名人である。彼は今日は、ミニライブの前座でカラオケを披露する。そこで、川口学と打ち合わせが待っていた。由美はこれも勉強だと遠慮せずに楽屋に連れて行ってもらった。
 楽屋には数人の職員がいた。奥の方からやって来たのは川口学であった。福山雅治似のイケメンである。由美は「おはようございます」と声を掛けた。学はかすかに顔が見えるらしい。由美の顔を見て「おはよう」と返した。隣には母親らしき人がいる。
「学。よく、ライブに来てくれてるお嬢さんよ」
母親は、由美の顔を知っている。由美は感動に酔いしれた。これが。由美が川口学と初めて交わした言葉である。
 ライブは始まり。今田君のカラオケ。年齢に似合わずに披露した歌はアリスの冬の稲妻である。彼は熱唱した。入院中に鍛えた喉を歌い終え。観客の中に消えていった。
 ライブが終わり。椅子から腰を起こそうとした時に由美の側に学のお母さんがやって来た。「これ、次のライブのチケットです」と前売り券を渡した。その光景を見ていた龍太郎は。そっと声を掛けた。
「よかったね」