「そういえば、他のお客さんはいないんですか?」
 
 暖かい春の兆しが見え始めた頃、私はふと気になっていたことを聞いてみた。
 
 『古本屋・忘れな草』で、他の客を見かけたことは一度もない。そもそもこの商店街に入る人すら少ない。
 
 冬月さんはパタパタと本棚にあてていた、はたきを下ろして私に向き直った。

「ここはね、1人のお客さんの傷が癒されるまで次のお客さんが来ることはないんだ」

 「所謂マンツーマンってやつだね」と、冬月さんは笑って言った。

「それじゃ、私は迷惑なんじゃ……」

 私がいつまでもここにいたら、他にも傷ついた人が心を癒せないままなんじゃないか。
 そんな私の心を読み取ったのか、冬月さんは穏やかに笑って首を振った。

「いいや。どっちにしろ俺の仕事は、残り1人で終わりなんだ。つまり、君」
「……話が全く見えないのですが」

 私が疑問を口にすると、「うーん……」と冬月さんは少し考えこんだ。

「君は前、俺が異界の人っぽくないって言っていたよね」

冬月さんは、この『古本屋・忘れな草』と自身について話し始めた。