「私、名乗るほどの者ではございません。それでは先を急ぎますので、ごきげんよう!」
「あっ、おい!」

 私は少年に背を向けて走り出し、急いで離宮の中へと入った。そしてお茶会の部屋を探して歩いていると、廊下の曲がり角でグレイス女学校の先生を見つけて駆け寄る。

 小さな声で呼びかければ、先生は私が誰だか分からなかったようで、こちらを見るなり眉間に深いしわを刻んだ。

「まぁ、ひどい格好。嫌だわ、わたしになんの用です? ……ん? もしかして貴女、ジュリエ・オルティスなのですか!?」
「はい。あの、先生。この格好は──」
「なにも言わなくて結構! 他の生徒たちはもうとっくに帰りましたから、わたしたちもすぐに行きますわよ! ほら貴女、ハンカチで顔を隠しなさい」

 私は弁明する間もなく馬車に押し込まれ、こうして人生初の王宮見学は慌ただしく幕を閉じたのだった。


 ──幼いふたりは、まだ知るよしもない。
 今日の偶然の出会いが、のちに自分たちの人生を、さらには国の行く末をも大きく変えてしまうことになるなんて。