微笑んでいるのに、やっぱり目の奥が笑っていない。
 いつもそう、なにを考えているのか分からない……。

 感情の窺えない氷の微笑を湛えたルーファスが、流れるような所作で私の手を取り、そっと左手の薬指に煌びやかな結婚指輪をはめてくれた。
 同種の指輪が彼の指にも収まれば、互いの手元で夫婦の証がキラリと輝き、もう後戻りはできないのだと私に訴えかけてくる。

 よりによって、この人に嫁ぐことになってしまうなんて……。

 声なき嘆きは誰にも届くことはなく、結婚式は私の心を置き去りにしたまま粛々(しゅくしゅく)と進んでいく。

 視界を覆うヴェールが持ち上げられ、ゆっくりと仰ぎ見れば、ルーファスのネイビーブルーの瞳が私を静かに捉えていた。
 青の双眸(そうぼう)は一見すると神秘的でとても美しいけれど、間近で見ると光の届かない深海のようで、暗く冷たい水底(みなそこ)に引き込まれてしまいそうな感覚に陥る。

 私が息を呑んで見つめていると、ルーファスがフッと笑みを深めた。

「そろそろ、目を閉じてほしいのだが」
「あっ、すみません」

 我に返った私は小声で謝罪し、そっと目を閉じてその時を待つ。
 誓いの口づけの直前、心の中で固く決意した。

(ルーファス様に〝あのこと〟を知られる前に、この人から離れなきゃ……!)

 それぞれの目的を果たすため、私たちは神の前で愛のない口づけを交わす。
 その直後、門出を祝う鐘の音が高らかに鳴り響き、数羽の鳩が大空に向かって一斉に羽ばたいていった。


 偽りの笑顔で本心を隠す新郎と、いわくつき令嬢と噂される新婦。
 今日ここに、ひと組のワケアリ夫婦が誕生したのであった。