研修生

令和2年6月
荻野目ユカ20歳。福祉専門学校でリハビリ療法士を目指している。この日から、市内にある七里ヶ浜の精神病院での研修である。ユカは、後ろ姿で魅せるベージュのボウタイブラウス×白パンツのコーデ。ブラウスのおかげで、落ち着いた配色の着こなし風の大人っぽい服装で研修先にやって来た。同じくやって来た。他の大学の研修生は。ジャージ姿だ。ユカの服装を見た瞬間に、彼女らの口から「何、考えてるのこの女性と」言わんばかりの、濁り潰したような口元にユカは勝ったと思った。この勝ったと思った潜在意識は彼女らの意識に伝わる。女性は、常に、容姿を気にしている。遊びの時や職場とかお構いなしに、自分の魅力をアピールして、勝つと言う。感覚がいっそう、女性の磨きをかけると、常に、自分を追求する。ユカは、この病院に研修が縁で採用になった先輩を知っているからだ。学生の就職活動は、入学した時から既に始まっている。
ユカ達の前に女性の餌食に簡単に落ちるような容姿の男性が近づいてくる。ユカの視線は彼の服装に鋭く視線が集中する。ピンクの柄のシャツが作業着の内側に見える。なんとちぐはぐなファッションか、こんな男は、女性の色気に弱い。ユカは、ブリッコではない。何かの雑誌に書いてある記事の信ぴょう性を確認しただけ。病院の中に案内されると、パッと見。50歳の事務員風の女性が体温計を額に当ててきた。コロナウイルスの影響で公共の場は、体温、アルコール消毒は基本だ。外来室で、暫く。待機。ユカの目にひとりの患者と見られる男性が目に入る。この男は、志布志哲雄45歳。足元を見るとスリッパに直ぐ入院患者と判断できる。彼の右腕にロレックスの時計が装着されてる。ユカは、表情には出さないが、何この人と意識が仰天。志布志哲雄は、社会的入院。25年。彼は、貯金が趣味で25年間で障害年金を一千万貯め込んだ。
哲雄の手にしているバッグは、ルィヴィトンではないの、人気も知名度もある。ブランド界の王様って存在。そして、バッグの中から取り出した長財布。ユカの妄想は、この財布はもしやルイヴィトン。こうなると、ユカの頭の中には、ジャージ姿の哲雄が飛んでいき。ジャージが一流のスーツへと変化していく。病院内が、イギリス国王の部屋へと姿を変えていく。ロミオとジュリエットだ。おいと言う声に我にかえったユカの肩を叩いた男の顔を見て、ぎゃーとユカは呻き声を上げた。周りの皆んなは何が起きたのかとざわつく。肩を叩いた男は、この病院の院長。長谷川弘62歳。ユカの感じたギャップは天国から地獄へと落ちていく。院長のズボンに濡れてるあとがある。院長のネクタイの色は。単色の赤だ。よほど自信満々な人なのかな…」なんて一歩引いてしまう柄だ。もうちょっとセンスのいいものをつければいいのに。ユカのこの病院のイメージは都会的センスから田舎の薄汚れた病院のイメージへと脳裏に刻み込まれた。次の院長の言葉は。「私の病院は地方には珍しい都会的な構想で建設した精神病院です」
ユカは精神科デイケアで実習をする事に。ユカの周りには、利用者が集まってくる。周りを職員を見渡せば、30代いや40代が主流だ。ユカは肩をポンと叩かれた。あのピンク柄の男だ。ユカは無視した。気になるのは、ロレックスの利用者だ。50に近い年齢には見えるが.手にはスマホが握られている。ユカの存在に気付いたのか.近寄ってきた。ユカは挨拶して、その時計。ロレックスですかと尋ねた。
哲雄「そうだな」
ユカ「働いてるのですか」
哲雄は少し笑って答えた。「いや、働いてはいない。実は、ここに入院しているんだ。」
ユカはさらに興味を持ち、「入院しているのに、そんな高価なものを持っているんですか?」と尋ねた。
哲雄は軽く頷き、「そうなんだ。ここにいる間に貯めたお金で買ったんだよ。趣味みたいなものさ。」
ユカはさらに問いかけた。「入院している間に貯めたお金で…?どうやってそんなに貯金できたんですか?」
哲雄は少し真剣な表情になり、「長い話になるけど、障害年金を貯めていただけなんだ。外に出ることもなく、使うこともなかったからね。それで貯まったお金で好きなものを買っているだけさ。」
ユカはその話を聞いて驚いたが、同時に彼の孤独を感じ取った。「哲雄さんは、ここにいることが辛くないんですか?」
哲雄は少しの間黙り込んだ後、穏やかな表情で答えた。「最初は辛かった。でも、今はここが自分の居場所だと思っているよ。外の世界よりも安心できるし、ここでの生活にも慣れてしまった。」
ユカはその言葉に胸が痛んだ。「それでも、外の世界にも素晴らしいことがたくさんありますよ。例えば、旅行に行ったり、新しい人に出会ったり…」
哲雄は静かに笑った。「そうだね。ユカさんの言う通りだ。でも、僕にはもう外の世界に戻る勇気がないのかもしれない。」
その瞬間、ユカは彼の孤独と恐れを感じ取った。彼の心の奥には、外の世界への不安と恐怖が根深く残っているのだと悟った。
「もし、外の世界に戻ることを考えたら、私はいつでも手を差し伸べますよ。私が支えますから。」ユカは真剣な表情で哲雄に伝えた。
哲雄は驚いたようにユカを見つめ、やがて優しく微笑んだ。「ありがとう、ユカさん。その言葉だけで十分だよ。」
その後、ユカはデイケアの実習を続けながら、哲雄を含む患者たちとの交流を深めていった。彼女は彼ら一人ひとりの話に耳を傾け、少しでも彼らの心の支えになろうと努めた。ユカの実習期間が終わる頃、哲雄はユカに感謝の言葉を伝えた。「ユカさん、あなたのおかげで、少しだけ外の世界に興味が湧いたよ。もしかしたら、いつか外に出てみるかもしれない。」
ユカはその言葉に胸が温かくなり、「いつでもお手伝いしますから、勇気を持って一歩踏み出してくださいね。」と笑顔で答えた。
そして、ユカの実習が終わる日、彼女は哲雄に「また会いましょう」と別れを告げると哲雄は自分の名刺を渡した。「ひとり出版企画マネージャー。志布志哲雄。
ユカの実習が終わり、日常に戻った彼女は、哲雄との思い出を胸に抱きながら、リハビリ療法士としての学びを深めていった。毎日忙しく過ごす中で、彼との会話が心の支えとなり、時折思い出すことがあった。
数ヶ月後、ある日、ユカはふと哲雄のことを思い出し、彼に手紙を書くことにした。彼の心の中に響く言葉を伝えたくなったのだ。
「哲雄さんへ、
あなたと過ごした日々は、私にとって大切な思い出です。外の世界に興味を持つようになったこと、少しでも勇気を感じてくれているなら、私も嬉しいです。いつでも、あなたのことを応援しています。
また会える日を楽しみにしています。」
手紙を書いた後、ユカは七里ヶ浜の精神病院を訪れることを決意した。緊張しながらも、哲雄の顔を思い浮かべると心が温かくなった。病院に到着すると、ユカは受付で哲雄の名前を告げ、彼の部屋へと向かった。ドアをノックすると、少しの間の後、哲雄の声が聞こえた。
「入ってもいいよ。」
ユカはドアを開けると、哲雄が待っていた。彼は少し驚いた表情を浮かべていたが、すぐに微笑んでくれた。
「ユカさん、久しぶりだね。」
「お久しぶりです!手紙、読みましたか?」
「うん、読んだよ。とても嬉しかった。」
ユカは彼の反応に安心し、自然と笑顔がこぼれた。「今日は少しお話ししたくて来ました。最近はどうですか?」
哲雄はしばらく考え込み、やがて静かに答えた。「ここにいると、外のことを考える余裕がないけれど、ユカさんのおかげで少しずつ気持ちが変わってきた。」
ユカは彼の言葉を聞いて嬉しさを感じた。「もし外に出ることを考えたら、私はいつでも手を差し伸べますから。」
哲雄は真剣な目でユカを見つめ、「ありがとう。でも、もう少しここでの生活を続けたいと思っているんだ。外の世界には魅力的なことがたくさんあるのはわかっているけれど、今はここが自分に合っている。」
その言葉に、ユカは少し戸惑った。外の世界に戻る勇気を持つことも大切だが、哲雄が自分のペースで選んでいることを理解した。
「それでも、時には外に出て、いろいろなことを感じてみてください。新しい経験が、きっとあなたの助けになると思います。」
哲雄は優しい笑顔を浮かべた。「ユカさんの気持ち、しっかり受け取ったよ。少しずつ、自分のペースで進んでいくつもりだ。」
その後、二人はお互いの近況や趣味について話し、楽しいひとときを過ごした。ユカは彼の話を聞きながら、彼の内面の成長を実感した。
「また来るから、楽しみにしていてくださいね!」とユカは告げ、別れ際に哲雄に笑顔を向けた。
「待ってるよ、ユカさん。」
帰り道、ユカは心の中に温かいものを感じていた。哲雄との交流を通じて、彼の心の変化や成長を見守ることができたことが嬉しかった。いつか、彼が勇気を持って外の世界に飛び出す日を楽しみにしながら、ユカは自分自身も成長し続けることを決意した。