困ったフェリクセン王子はその日、眠れなかった。
ふと、気が付くと隣のベッドにエミリー王太子妃の姿がない。
フェリクセンは心配になり、城の中を捜し歩いた。
すると西の塔から微かな歌声が聞こえる。
フェリクセンは近づくに従い、そのあまりにも美しい歌声に酔いしれた。
螺旋階段を登り、塔のいちばん高い部屋へ辿りついたフェリクセンはそっと扉を開いた。
「アーアアア~ア~~」
〈恥ずかしいけど、地声の高さを最大限利用して、頭の中に浮かんだ旋律を即興でスキャットする〉
「エミリー、キミの声はなんて美しいのだろう」
窓の外をみながら儚げに口ずさんでいたエミリーは、フェリクセンに声を掛けられ、歌うのをやめて、部屋から出て行こうとしたのを彼女の夫である第二王子に止められた。
「そうだ、キミの歌声ならきっと父、国王は喜んでくれるに違いない」
フェリクセンは熱くエミリーを説得するが、エミリーは顔を伏せた。
「私の声は、人とは違ってまるでキィーキィーと泣く鳥の声。どうしてこんな声を国王陛下は望まれましょう」
「エミリー、キミは自分の声を誤解している」
「え?」
「キミの声は素晴らしい。誰がなんと言おうとボクが保証する。キミの声を愚弄するもの。キミを虐《しいた》げる者をボクはけっして許さない」
〈宇良先輩は、1年と2年の部員を中心にひとりづつ目を合わせながら、普段ではありえない強い意志を伝えた〉