プロデューサーである彼はこの事務所に20歳の頃から籍を置いていて作曲家として働いていた。
 アーティストに聴かせるためのデモ音源に歌を吹き込む程度の歌の経験があり、しかもそれが正直なんで歌手デビューしてないのか不思議なほど上手い。
 噂によれば高校生の頃にはすでに作曲者として他の大手芸能事務所に所属していたんだとか。
 そんな彼のプロデュース能力に目をつけたうちの事務所が試験的にソロアーティストのデビュー計画を練った。その実験台こそ私だ。
 私と彼が初めて会ったのは私がデビューするちょうど1年前。
 私は年齢の関係で、2009年にデビューしたガールズグループとデビューの数ヶ月前まで準備を一緒にしていたにもかかわらず最終的にはメンバーからは外された。
 事務所からは「まだ若すぎるから」と言われたけど、ただ私の力不足だったのだと思う。
 彼女たちのデビューと同時にリク先生と出会い、それから一年の準備期間を経てデビューした。
 私にとってはもちろんデビューも何もかも初めてだけど先生にとっても“プロデュース“は初めてのことで彼は私にはかなり厳しい。
 私以外の人にとっては作曲家であり指導者ではないから彼が厳しくするのは私にだけなのだ。
 みんなに対してもクールではあっても私にはクールなんてもんじゃない。
 デビュー当初は私の自信を喪失させないようにと、多少棘のある言葉は使っても本気で叱るほどまでなかった。
 デビュー2年目に入ってから、彼はデビュー前の厳しさを取り戻した。
 
 去年の秋に、彼がこの春から数年後にデビュー予定のボーイズグループの担当PDになることを告げられた。
 いつかこんな時が来るとは思っていたけど、すぐには受け止めきれなかった。でも、本気で好きになる前に離れられてよかったのかも。彼が担当から外れるのを悲しがってはいけない。
 それを知らされたとき、精神的に落ち込んで仕事へのモチベーションが下がった。それにいち早く気づいていた彼は私を叱った。
 彼は何か苦言を呈す時、声を張り上げるタイプではなくいつものトーンで淡々と私を責め立てる。
 レコーディングスタジオで録音していると先生に「ちょっと出てこい」と言われた。
 ブースから出たら先生は腕を組んでテーブルにもたれかかっていて明らかに不機嫌だった。

「色々あるだろうから見守ろうと思ってたけど、さすがにたるみすぎだ。たるんでからもう1ヶ月は経つぞ。なんだ?さっきのは。俺じゃないど素人が作った歌かと思った」

 その日は出席日数のために朝から学校へ行ってきて制服のままだった。
 補習を受けて担任の先生からも普段より厳しい助言を貰って充分に疲れきっていた私は、グッと堪えようとスカートを彼に見えない程度にギュと握りしめる。
 すみません、と言いかけたところをすかさず
「謝罪は要らない。集中できないならもう帰れ。
モチベーションはいつか戻ると期待してたけど、お前もまだガキだな。
一位を取り慣れたからって調子に乗ってるのか?
初心を忘れるには早すぎる」
 トドメを刺された。
 自分が惨めで何も言わずにスタジオから早足で駆け出した。
 そこからエレベーターまでの間には練習室、その目の前に休憩するためのテーブルが並んでいるフロアが広がっている。
 顔を上げなくてもそこに誰か人がいてガヤガヤしていることだけは察したけど今は誰かと顔を合わせるのも嫌だから小走りでそのまま外へ出ようと思った。
 それなのに後ろから追いかけてきた悪魔は珍しく大きな声で私を呼び止めた。
 立ち止まって斜め45度くらいまで振り向くと私のリュックをバンっと押し付ける。

「帰れ」

 内心、引き止めにきてくれたんじゃないかと期待してしまっていた私は彼が私のことを全然気にも留めてない様子であっさりしていたから拍子抜けして彼の方へ振り返った。
 私の泣きそうな顔を見て何も思わないの?
 いや、なんにも思うわけないよね。
 彼と親しいヒチョルオッパがよく彼のことを“目が死んでる“と表現しているけどまさしくそんな感じだしおまけにその日は顔も死んでた。先生も私の新アルバムのための準備で毎晩遅くまで仕事をしてくれているはずだ。怒られても当然。

「先生……」

「悔しいか」

この人はなんでこんなに冷たいんだろう。

「自分に対してイラついてるなら戻れ。
ここで帰ると後悔するぞ。
俺に対してイラついてるならさっさと帰れ。
あれくらいで拗ねてるようじゃまだ半人前だ」

 言葉が過ぎるけど言ってることはなんら間違ってなくて余計にカチンときた

 大泣きしながらマネージャーの元へ駆け込んでその日は帰宅した。
 
 その日の夜にヒチョル先輩から

《流石に女の子に対してあれはないよね。ちゃんと注意しといたから。》
とメッセージがきてあの時同じ場所に居合わせていたのはスパボのメンバーだったということが判明した。

 叱られたことでスイッチが入って彼を見返そうとやる気が出てきた。
 翌日には彼に謝り普段通りの練習を始めたのだけど
彼はスタジオでの言動全部をスパボのメンバー達に説明したら、皆んなから「それはないよ」と言われたらしく、彼も彼で「ごめん。女の扱いはうまくないんだ」って困った顔をして謝った。
 先生が女慣れしてないことに喜んだ自分もいた。

 そんなことが数ヶ月前にあってからというもの、私と先生が絡んでいるだけで「おっと〜? おふたりさんはまたケンカですか〜?」とイジられたり、“ユリはリクPDが好きだ“という私からするとヒヤヒヤするジョークが完成してしまってみんなからネタにされる。

「ユリ、恋愛するにしてもヒョンみたいなのには気をつけてね」
「あれだけいじめられててマジで好きなら相当なドMだろ」

 相当なドMがここに一名。
 冗談で言ってるんだろうけどまさしく彼のことを好きな私はドキッとして、でもすぐに「100パーないわ」とツッコミを入れた。