噂

世間では、携帯電話なるものが、いろいろ姿を見せ始めていた。
拓也も、仕事上で必要になっている。
電話と、メール機能がついた機種を選んで買ってきた。
早速、やり始めたのは出会いサイトであった。
この頃は、現代に比べたら純粋に会話が成り立ってもいた。
拓也には、彼女はいない。
メールといっても、100文字数での会話のやりとりであった。
拓也は、会社では、パソコンを使って、同僚の女性陣達との会話を楽しんでいて、
メールの会話は慣れていた。
そんな中で、ある日、携帯の電波を通して、大阪にいる、理佳という女性と知り合った。
なんでも、沖縄の海でのスキューバーダイビングが趣味という事で、拓也は苦労しながら
文章を打ち込んでいた。
最初の頃は、毎日のメールのやりとりがあったが、数ヶ月続いて、だんだん返事が来るの
が遅くなってきてやがて、メール交際も終わった。
そんな、矢先に会社の女性から、パソコンでの・ポストペットなる・メールでの
楽しみを教えられて、ある日。
なかなか、相手の異性から誘ってくるのは至難の技であったが、
福岡に住んでいる、23歳の看護婦さんから、よかったら、メル友になって下さいと
なったのだ。
拓也は、毎日・原稿用紙・5枚程度に書いてくる文章の長さに圧倒されていた。
会社でも、拓也のメール病は有名であった。
数日経って、拓也は会社の事務所にやってきた。
そこには、早苗がいた。
パソコンの画面を叩いている早苗の近くにやってきた。
「拓ちゃん」
「そのうち、パソコンから、彼女がやってくるかもね」
「うん」
拓也は、毎日、早苗を恋愛相手に想像した事はなかった。
仕事の方は、順調で出世には縁がなかったが、会社の顔として
外回りでの仕事が多かった。
メル友相手とも、携帯アドレスを交換したり楽しんでいたが、
拓也には、ただの、話相手という意識しかなかった。

最近、会社で、早苗の姿をみなくなった。
殆ど、社内にはいないので見当たらないのか、
そこへ、同じ部署の藤森さんがやってきた。
「最近、美咲さん見ないですね」
「あ、風邪で3日ばかり休んでいるよ」
拓也は心配になってきた。
仕事で移動中に、早苗に電話してみた。
「早苗さん、風邪はこじらせると、やばいから気をつけて」
「うん」
と、一言電話した拓也であった。
その後、早苗の風邪は悪化して、3ヶ月の入院となった。
しかし、拓也は、連日。出張が続いて、見舞いにいけないでいた。
いそがしさから、やがて、看護婦さんとの、メールもやめていた。
早苗が退院してきても、拓也は今度は、長期の渡る出張で
会社には、殆ど姿をみせなかった。
そんな折、藤森さん達と、飲み会に誘われた。
いきなり、話は、早苗さんの事になった。
「なんでも、早苗さん、会社の人と結納をかわしたとか」
「そうなんですか」
「拓也も、がんばらないとな」
この時、拓也は、そうかと感じただけであった。
翌日、早苗を見つけたが、声はかけなかった。

数日後、拓也は事務所の外でバッタリ顔を合わせた。
とっさに、拓也の口から、美咲さん
「携帯の番号を教えて」
「うん、いいよ、でも、変な電話しないでね」
「それは、わかってるよ」
二人は、番号を交換した。
拓也は、結納は、ただの、噂だったのかなあ」
早苗に、尋ねたりはしないでいた。