「看板に書いてあるとおり、何か僕に相談事がある方がいれば、相談を聞きますよーっていう案内です。相談の内容はなんでもいいですよ。恋愛、勉強、進路、人生。なんでもお聞きします。あ、でも、お客様の人生に責任は取れませんので、悪しからず」

 紳士的な口調でそれだけ説明すると、彼は一番前に並んでいたお客さんと共に、店の隅にあるパーテーションで仕切られたスペースへと入っていった。さっきは気づかなかったけれど、売り場面積を減らして相談スペースを設けているらしい。私が以前来た時にはなかったから、最近つくったのだろう。

 それからというもの、男性スタッフはずっと女性客の相談を聞いていた。相談しているうちに熱くなっていくのか、女性たちの声が漏れ聞こえてくることもあった。「最近付き合ってる彼氏が、浮気してるみたいなんです!」「もう、なんで結婚してくれないのか分からなくて」「私、高校を卒業したら就職したいのに、親は大学に行けってうるさくて……」と、感情のこもった声がいくつも響いた。そのすべてに、男性スタッフは「そうなんだ〜」「それは、大変ですねえ」と当たり障りのない相槌を打ちながら、最後は女性客に寄り添うように「またいつでも相談に来てくださいね」と明るい声で言っていた。彼の言葉に満足した女性客たちは、清々しい表情でパーテーションの奥から出てくる。最後の一人の相談が終わるまで、私と泉ちゃんは呆気に取られながら、減っていく列をぼうっと眺めていた。

「あれ、まだいらっしゃったんですね」

 午後五時半、ようやく相談にひと段落がついた男性スタッフが爽やかな表情でまたお店の方に出てきた。私は咄嗟になんて返せばいいか分からず、しどろもどろに「はい」とだけ返事をする。我に返った泉ちゃんが「あ、私今から塾だ! ごめん!」と急に慌て出す。

「え、帰るの?」

「うん、塾のこと忘れてたーっ。美由、また明日感想聞かせてね」

「感想……? う、うん。とにかく行ってらっしゃい」

 一体何の感想を求められるのか。判然としないまま、私は去っていく泉ちゃんを見送った。