夕飯が終わって、お母さんの言いつけ通り「作業場」に向かう。
 戸建て住宅の一階部分が店舗になっている我が家は、隣の土地まで利用して、ある事業を営んでいる。
「やなせ印刷」。
 それが、私たち柳瀬家の家業だ。
 文房具や本といった紙製品の印刷やデザインを行っている。会社からの発注がメインだが、最近では個人のお客さんも多い。特に、自主制作本をつくる人たちからの依頼が増えていた。

 お父さんが社長で、お母さんが専務取締役。お父さんは細かい仕事が苦手だから、会計とか、書類の作成とか、会社を運営する上で必要なことはすべてお母さんが担っていた。お父さんは会社全体の動きを見て、部下に指示をする役目。だから、社長はお父さんだけれど、実質的に会社を動かしているのはお母さんとも言える。
 そんな「やなせ印刷」の後を継いでほしいと言われているのが、三姉妹の三女である私だった。三女なのに、どうして。何度も浮かんだ疑問は、上二人の自由奔放ぶりを見て、泡のように消え失せた。
 お母さんは、お姉ちゃんたちに仕事を任せられないと思ってるんだ。
 一番真面目で言うことを聞いてくれる私に、押し付けているだけ。
 お母さんの思惑がわかっているから、私は常に、仕事の話を聞くときに、やるせない気持ちにさせられていた。