「偉いんですね、美由さんは」

「……へ?」

 今、この人は何て言った? 偉い? 私が? 今まで自分のことをそんなふうに考えたことなんて微塵もなくて、聞き間違いじゃないかと疑ってしまう。

「誰もやりたくない仕事を一心に引き受けて、押しつぶされそうになってる。でも責任感が強いから、任された仕事を放り出すことができない——そうでしょう?」

「は、はい……言われてみれば、そうなんですけど。でも偉くなんかないです。ただ流されてるだけなんです」

「そんなことはありません。たとえ流されているのだとしても、逃げずに今もこうして僕に悩みを打ち明けるくらいにはそれについて考えていて、立派だと思いますよ」

「……」

 偉い、立派だ。
 考えもしなかった日向さんの言葉が、胸に沁みる。
 初対面のこの人に、そんなふうに言ってもらえるなんて——これも、営業のうちなんだろうか。でも、彼の誠実そうな瞳からは、心に嘘をついているようには見えない。私はすっかり、日向さんの言葉に全力で耳を傾けていた。

「美由さんは、他に何かしたいこととかないんですか? 『やなせ印刷』を継ぐ以外に、自分自身がやりたいと思ってること。将来の夢とか」

「将来の夢……あります。夢というには烏滸がましいかもしれないですけど、私、ヴァイオリニストになりたいんです。それが無理でも、ヴァイオリンの先生に。とにかくヴァイオリンが好きで、そっちの道に進みたいんです」