「悩み……あります」

 ある、と口にしてしまえば、自分の中に眠っていた感情がむくむくと湧き上がってくるような感覚に陥った。「ほう。どんな?」と前のめりで聞いてくる日向さんに、すべてをぶちまけたい衝動に駆られた。

「私、『やなせ印刷』の後を継がなきゃいけないことに、納得がいってないんです。こんなこと、うちのお客さんに言うのもおかしいと思うんですけど……。お姉ちゃんが二人もいるのに、お母さんたちは私が家業を継ぐように話を進めてて。全部、勝手なんです。私は一回も、いいって言ってないのに」

 感情のままに溢れ出した言葉に、湿り気を帯びているのに日向さんも気づいただろう。今まで一度も、誰にも吐き出すことのできなかった思いが、つい口から溢れ出る。蛇口の口を捻って勢いよく水が飛び出すみたいに。
 ああ、本当は私、誰かに聞いてほしかったんだな……。
 自分でも気づいていなかった感情に気づかされて、胸がツンとした。 
 初めて会った日向さんにだからこそ、吐き出せたのかもしれない。彼の柔らかなまなざしが、私の心の琴線に触れたのもあった。

「なるほど……家業を継がなければならないことが悩みなんですね。僕が『やなせ印刷』にお世話になっていることはともかく、美由さんの気持ちとしては、辛いですよね。お姉さんたちは、どうして継がないんでしょうか?」

 真剣に悩みに寄り添ってくれる声が、鼓膜を柔らかく包み込む。初めての感覚だった。私の心の叫びを、誰かいそっと受け止めてもらえたのが。ずっと萎れて泣きそうになっていた心に、新鮮な水が垂れていく。

「お姉ちゃんたちは、自分の意見をはっきり言えるから。目の前の楽しいことに必死で、たぶん将来のことなんて全然考えてない。やりたくないことはやりたくないって言って、自由に生きてる。自由奔放なんです。それに比べて私は……真面目に考え過ぎちゃうところがあって、何もかも断れなくて。気づいたらお姉ちゃんたちに家業を継ぐっていういちばん大変な役目を押し付けられていたというか。笑っちゃいますよね。嫌なら嫌ってはっきり言えばいいのに」

 自分でも、どうして自分がこんなにも言いなりになってばかりなのかと、呆れていた。心で考えていることを、思い切り叫んでみたい。そう思うのに、自分に期待を寄せる姉たちや母を前にすると、何も言えなくなる。
 優柔不断な私の相談に、きっと日向さんだって呆れてるだろうな——そう思いながら彼の顔をふと見てみると、彼は神妙なまなざしをこちらに向けていた。