「塾の先生と花火大会デート!?!?」
放課後。
最近塾に行くか、家に帰るかの2択だったから
この日は珍しくカフェに寄り道をしていた。
「ちょっ、声おっきい!ていうか、デートじゃないし!」
「男女が一緒に花火大会に行くのに、どこがデートじゃないって言うのよ!」
「そ、それはっ…、そうかもしれないけど…、相手は先生だし、」
「先生だって言ったって男と女には変わりないでしょ?ていうか何歳の?その人、」
「に、21、だと思う。大学3年生って言ってたから。」
結莉に言われて気がついたけど
私は橘先生のこと、大学生ってことくらいしか知らない。
「…にしても、咲良がデートかぁ。私と遊んでくれないのにデートかぁー、」
「だからそれは、ごめんって、」
「まあ私は咲良が幸せならなんでもいいんだけどね。」
私はいつでも咲良の味方だし、と
結莉は笑って私の肩を叩いた。
「たまには楽しんできなよ、普段頑張ってるんだし!」
「…ん、そうだね。」
「浴衣着てくんでしょ?私着付けよっか、」
「そ、そんなに気合いいれなきゃだめ?」
「あったりまえでしょ!当日の昼に私行くから、ちゃんと準備しといて。」
私は結莉の勢いに押されて
こくり、と頷いた。
「デート、か…、」
結莉とわかれ、自宅に帰ってから
私はひとり自分の部屋で彼女と話したことを思い返していた。
「橘先生はどーゆうつもりなんだろ…。」
先生は塾でどの生徒にも気さくだし
私が見る限り、生徒に人気のある講師なのは確かだ。
そういうコミュニケーションの延長で
私のことを誘ったって考えても
別におかしいところはない、気がする。
「…やめた、勉強しよっと。」
まるで自分に言い聞かせるように口に出して
私は机に向かった。
「毎日あっついなー…。」
夏休みが始まってから
私は1日のほとんどを塾の自習室で過ごす生活が続いていた。
「毎日はやくから熱心だな。」
「わっ…、橘先生、おはようございます。」
「そんなずっと集中してて、頭爆発しねえ?」
私のノートを隣から覗いた橘先生は
少し苦笑いしてそう言った。
「…というか、明日のことだけど。」
「明日…?…あっ、花火大会、ですか?」
「その反応絶対忘れてただろ笑」
「そ、そんなことないですって!」
正直、こうも毎日同じ生活を繰り返していたら
曜日感覚なんて簡単になくなってくるわけで。
1週間くらい前に結莉から連絡がきていたにも関わらず
私はすっかり忘れてしまっていた。
「夕方くらいに咲良ちゃんち迎えに行こーと思ってんだけど、それで大丈夫?」
「わ、わざわざ家まで迎えに来てくれなくても、駅とかで大丈夫ですよ?」
「だめ、絶対人多いから。迎えに行ったほうが確実だろ。」
「それはそうなんですけど…。」
もし万が一家族の誰かと鉢合わせたら
それはそれでちょっと面倒だな。
そんなことを考えていたら、察したのか
先生は、じゃあ…、と口を開いた。
「家の近くまできたら連絡するから。それならどう?」
「まあ、それだったら…。」
「じゃあはい、スマホ出して。咲良ちゃん俺の連絡先知らないだろ。」
QRコードで
一瞬にして連絡先が交換されて
これでよし、と先生は満足げに笑った。
「じゃあまた明日の夕方な。…って言っても、俺も今日1日ここにいるけど、」
「今日は大学休みなんですか?」
「大学生の夏休みはめちゃくちゃ長いからなー。バイトくらいしかすることねーの。」
「いいなあ、大学生。」
「咲良ちゃんも来年には大学生だろ。」
そのために今頑張ってるんだもんな、と
橘先生は持っていた開いてない缶コーヒーを机に置いた。
「まあほどほどにな、」
「まだ全然大丈夫ですって。でも、ありがとうございます。」
橘先生の優しさは
自然で、さり気なくて、
無意識にも追い込まれている私にはすごく心地よかった。
[SIDE 亮介]
「さて俺も課題片付けるかなー、」
『橘先生なんかご機嫌ですね、いい事でもありました?』
「いや、まあちょっと?」
『珍しいじゃないですか。最近なんか朝から来てるみたいだし。』
「それは別に夏休みで時間あるからってだけっすよ。」
本当はそれ以外の理由もあるけれど
それを知られたら厄介なことになるため
俺は余計なことは喋らずに、会話を終わらせた。