束縛

康二は、浩美に出した手紙から二週間が経過しても返事が来ないことに苛立ちを感じていた。毎日彼女のことを考え、返事を待つ自分がいたが、同時に書かずにはいられない衝動にも駆られていた。手紙を書くことで、自分の思いを整理できる気がしていた。しかし、東京に来てからというもの、浩美のことを思い出させる出来事が次々と起こり、彼の心をさらに乱していた。特に、あのスズキアルトのプレートナンバーが目に入るたびに、浩美との思い出や未練が沸き起こってくる。まるで自分を束縛するかのように、そのナンバーが彼の視界に現れるのだった。
「もしかして、これは何かのサインなのか?」康二は疑念を抱きながら、彼女との再会や連絡を望んでいる自分に気づいた。毎回そのナンバーを見るたびに、浩美への思いが強まると同時に、自分の感情が抑えきれなくなるのを感じた。
「やっぱり、彼女に何か伝えなければ…」康二は、また手紙を書くことを決意する。今度はもっと率直に、自分の気持ちや思い悩んでいることを表現しようと思った。それが、彼自身を解放する手段になるのではないかと考えたのだ。彼女に伝えられなかった思いが、彼を束縛しているように感じた。康二は、再びペンを手に取り、浩美への思いを言葉にしていく。彼女の存在が自分にとってどれほど大切なのか、そしてその気持ちがどうしても手放せないものであるのかを、丁寧に紡いでいった。康二は、東村山市で行われるNHKのど自慢の告知を見た。その日曜日が浩美の誕生日だと知り、抑えられない衝動が心に渦巻いていた。彼はその日に何か特別なことをしたい、浩美に伝えたい気持ちが高まっていく。
「これが最後のチャンスかもしれない。」康二は自分に言い聞かせた。手紙を書くだけでは足りない、彼女に直接会って、気持ちを伝える必要があると感じていた。浩美の誕生日という特別な日に、自分の思いを届けることができれば、彼女との関係が何か変わるかもしれない。康二はまた彼女へ手紙を書いた。しかしこの思いはくだかれた。予選出場への夢は叶わなかった。康二はポストを覗き込むと、そこに一通の手紙が返送されているのを見つけた。宛名は浩美の名前。封筒には「受取拒否」の文字が書かれていた。心臓が一瞬止まるような感覚がした。浩美からの手紙が、彼の思いを拒絶している。東京へ出てきてから半年が経ち、康二は必死に自分の気持ちを整理しようとしていた。しかし、この返送された手紙は、彼にとって痛烈な現実を突きつけるものだった。浩美が彼との関係を断ち切りたかったのか、あるいは彼の思いに応えたくない理由があったのか、さまざまな考えが彼の頭の中を駆け巡った。
「何がいけなかったんだろう…」康二は自問自答しながら、街を歩く。彼の心は重く、これまでの努力や思いが無に帰したような気持ちでいっぱいだった。スズキアルトのナンバーを見るたびに、浩美との思い出が蘇るが、それも今や彼を苦しめるだけの幻影に過ぎなかった。康二は自分自身を奮い立たせるために、もう一度手紙を書こうかと考えたが、迷いが生じる。果たして浩美に何を伝えるべきなのか、彼女の反応が怖かった。手紙が返送されたという事実は、彼女が完全に距離を置きたがっていることを示しているのではないか。
「これが本当に終わりなのか…」康二は思いを巡らせる中、浩美との未来を自分の手で壊してしまったような気がしていた。それでも、心の奥底には彼女への未練が残っており、康二はその思いをどのように消化すればいいのか、途方に暮れていた。